お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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お地蔵様でしょうか?2002/06/02

熱い日中に街中を歩いていて、見つけました。
お地蔵さまなんでしょうか。

●旧市街地での生活

私は、大津市のなかでも、旧市街地といわれるところに住んでいます。
大津市の歴史を見ると、大津町とか、膳所町などの中核から出発して、周辺の町を合併して現在に至るのです。
旧市街地の生活は、お寺や神社の行事と一体のものでした。
とくに5月はお祭りがありますし、8月には地蔵盆。
それらを当たり前のようにして生きてきました。

●岐阜市でも

私は、3歳ごろから頻繁に岐阜市にある祖母の家に預けらました。
祖母の家の近くに、お寺が二つありました。出入り自由であり、その境内でたった一人でも長く時間を過ごすことができました。一つのお寺は尼寺。
庵主さんはとてもやさしくきさくな方でした。

●新興団地での違和感

丘陵地を切り開いて新興団地ができます。
頭ではわかっていることですが、どうしようもなく違和感を覚えるのです。
つまり、お寺や神社がないのです。
当たり前のことですけれど、ふと立ち寄って休めるところがないのは、街としていかがなものかと思うのです。
京都、奈良につづいて、神社仏閣が多いのが滋賀県。
観光というよりも、別の意味で、地域になくてはならない風景のひとつだと私は感じているのです。
 よい悪いは別として。

これ買っていいかな?2002/06/15

いいラックを見つけました。
洗濯が大好きな(というか頻繁になさいます)カミさんには便利だと思ったのです。でも勝手に買って「ムダ使い」と怒られるのつらい。
カミさんも忙しいので、これだけのために、車を30分以上飛ばして、来るわけには行きません。

そこで、思いついたのがデジカメ。
ちょうどいいと思って、商品の売り込み用の写真のように、いろんな角度から写して、カミさんに見せました。
カミさんからは、あっさり「買ったら」の返事。

デジカメを使いたくって、やっているのかと思われたのかも知れませんね。
愛情・・・からなんですけれど。

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)