お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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県民の願いのこもった署名の束です2005/12/07

署名をたばねて、いよいよ各自治体に提出する日が来ました。
選挙管理委員会がチェックして、有効署名数が確定します。
深夜までかかって、整理し、数をかぞえ、
表紙をつけて・・・大変でした。
それだけ、思いのこもった署名だということです。

写真は、大津市の分です。

新幹線新駅署名を大津市に届ける2005/12/07

選挙管理委員会に、新幹線栗東新駅住民投票をもとめる署名を届けました。

不戦のつどい 2005年2005/12/08

毎年、12月8日には、「不戦のつどい」が行われます。
私も参加してきました。
弁護士の土井裕明さんの
「自民党憲法草案の問題点」と題する講演がメインでした。

面白かったのは、この方が、条文解説を離れて、
ときどき、一人称で率直に自分の思いを述べるときです。
「改正をとめようと思えば、こんな集会を
 何回やっても役にたたないとぼくは思います。」
とかなんとか笑いながらいっています。

まじめな主催者はどう思ったか知れません。
でも、私は、一人称で、つまり自分の責任で
ずばり言うことには共感を覚えます。

こういう場で手を挙げて「質問」といいながら、
自分の「学識」を披瀝される方がおられますが、
場違いな気がします。

別の方が、あけすけな発言をされました。
一人称の発言であるのはけっこうですが、
「許せん危険な内容だ。
 だけど、わしら庶民ではなく、
 議員やあんたがた偉い先生方こそ
 がんばるべきじゃないのか」という趣旨。

いろんな政治的立場をもつのは自由です。
たとえ反対の立場でも、そのことに責任をもって
おられるならば、よいのです。
しかし、一人の主権者としての責任を投げ出した
発言は、よいとは思えないし、ましてこのような場に
もっともふさわしくないものです。
そもそも、この集まりは太平洋戦争の開戦記念日にあたり、
戦争の惨禍を繰返させない決意を
共有しようというものだと私は理解しています。
つまり、お互いがパートナーのつもりで
参加しているはずです。

さすが弁護士だと思ったのは、その答えを
聞いたときです。気色ばむことのないさわやかな
回答でした。

憲法改悪の流れがすすむことへのいらだちも
あるのかもしれません。
しかし、庶民の良識を信じて、粘り強く運動を広げることが
求められているのです。
午後8時30分に集まりは終わりました。
再び一人で歩いて戻りました。
「こんな会議を何度開いてもむだです」という
言葉が一番の収穫だと思いました。
もちろん、その含意をまちがえないならばの話ですが。

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)