お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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「まちづくり3法」の見直しと街づくりについての平成18年9月滋賀県議会 土木交通部長答弁(確定)2006/09/03

平成18年9月県議会 土木交通部長答弁(確定)
(質問事項)
 「まちづくり3法」の見直しと街づくりについて

(質問要旨)
 4 大型店の出店や開発に関する新たな課題について
  (3)大規模集客施設の立地に伴う交通渋滞、生活道路への車の流入、
     排水問題と事前の対応策の必要性についての見解

(答)
 「まちづくり3法」の見直しと街づくりについてのご質問のうち、大規模集客施設の立地に伴う交通渋滞、生活道路への車の流入や排水問題についてお答えいたします。
 近江大橋出入口の草津地域や大津市一里山七丁目の開発につきまして、現在大津市や草津市が開発許可の権限を有しておりますが、県といたしましては、開発に伴う周辺県道や排水処理に関する個別の事項につきまして、それぞれ事業者と関係課が協議を行い個別に審査することとしております。
 そこで、まず道路問題でありますが、草津地域の開発計画につきましては、滋賀県道路公社が県道近江八幡大津線の渋滞対策として、当路線と大津草津線を結ぶアクセス道路の整備を進めておりましたところに、その出店計画が持ち上がったものであります。同一の用地地権者が多いことから、草津市ならびに事業者と店舗出店に伴う調整を行っておりますが、正式な協議がありましたら、事業者において十分な渋滞対策を講じていただくということになります。
 一里山7丁目地域については、直接県道と接しておりませんことから通常なら協議を行うことにはなりませんけれども、山手幹線との交差点も近いことから、大津市と調整を図る必要があるものと考えております。
 なお、大津湖南地域では、現状において、国道1号の渋滞にともない周辺道路の渋滞や通過交通が生活道路へ進入するなどの問題が生じていることから、国において国道1号バイパスの整備をすすめて頂いており、また県においてもそれに接続する山手幹線や湖南幹線などの幹線道路の重点的な整備を進めております。併せて、周辺道路では、旧草津川の砂川大橋の4車線化事業、近江大橋西詰めの立体交差事業など慢性的な渋滞箇所の整備も進めております。
 また、県道近江八幡大津線については、唐橋東詰の交差点改良事業がこの8月に完成いたしまして、事業効果を発揮しております。漕艇場前から大萱6丁目間につきましても、右折だまりの整備を行うべく大津市と協議を進める等の渋滞対策を進めております。これらの取り組みによりまして、慢性的な渋滞の緩和に繋がるものと考えております。
次に、排水問題でありますが、
 個別の開発計画に対してましては、開発許可申請に先立ち、開発行為が治水上支障がないか事前協議を行うこととなっております。その際には、開発区域の流末排水河川が安全にこれを流下する能力を有するかどうかを確認し、開発区域周辺及び下流地域に溢水等の被害が生ずる恐れがある場合には、開発事業者の負担において調整池の設置等必要な流出抑制対策を行っていただくことになります。ご質問の草津市及び大津市のいずれの開発計画に対しましても、ただ今申し上げました観点により十分審査し、開発事業者に対する指導を徹底して参ります。

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BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)