お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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大津祭り宵宮。山車の上で祭囃子。2007/10/06

山車のうえで祭囃子。今宵は大津祭り宵宮です。
明日7日は、祇園祭の小型のような大津祭り。
前日の夜は、宵宮。

旧大津町の方々で、
山車のまわりに人だかりができています。

祭囃子がほうぼうに響いています。

大津祭りの宵宮。山車の周囲はこんな感じです2007/10/06

山車は、旧家の二階に直結しています。
人だかりもありますが、カメラを持っているひとが
けっこういますね。
私もそのひとり。

殺生石山のちょうちん2007/10/06

殺生石山のキャラクターはキツネ
殺生石山のちょうちんが気に入りました。
九尾のキツネ?

山車の上じゃなく地上で祭囃子。うけてました。2007/10/06

祭囃子をする子ども衆
山車の上ではなく、
地上で祭囃子。
小さな子がやっている姿がかわいくて
人気でした。

宵宮でFさん、Tさんに偶然出会いました2007/10/06

カミさんと二人で宵宮に行きました。
子どもが小さいときは、とても楽しみにしていましたが、
高校生ともなると、いっしょに誘っても
付いてきません。
わくわくするのは、中学校までみたいですね。
宵宮には、カメラマンとカップルが目立ちました。

偶然、出会った知人のFさんとTさん。
証拠写真だといいながら、撮りました。

出来栄えはいかがですか。

150年前に立てられた町屋も宵宮で公開2007/10/06

大津の町屋の内部。お庭と離れが見えます。
大津の町屋を考える会があると聞いています。
その会が、宵宮でくりだした市民に
150年前の旧家を公開。
町屋のつくりがわかる仕組みになっています。

こういう企画は大好きなので、カミさんと
いっしょに中に入って、
一杯350円のおぜんざいを
食べました。

家の中に庭があり、その向こうに離れが見えます。

だだ、このお家は、元本屋さん。
本屋さんのお店の隣の入り口から入っていけば、
こういう家があるのを知りませんでした。

お庭の灯篭の隣に、井戸が見えます。

町屋でおぜんざい2007/10/06

うまそうに撮れていないと
カミさんが怒っています。

伝統ある町屋を知ってもらおうと
大津祭りの宵宮の機会に、
NPOがオープンしているのです。

お商売でやっているわけではありません。
うまそうに見えなければ、私の責任。
シンプルなもてなしですね。

たたみに座っていただいきますが、
縁側があり、その向こうに、さっきの
お庭が見えるのです。

大津の古い町並みも紹介:宵宮で2007/10/06

大津の古い町屋を紹介するイベント
奈良や京都よりも前に都が置かれた大津(大津京)。
そこは、延暦寺や三井寺の門前町であるとともに、
湖上交通による交易や街道の町として栄えた古い町です。

その町の伝統を生かそうと取り組んでいる人たちが
運営している取り組みです。

入り口には、大津町の地図と模型が展示されています。
手間も大変そうですが、商業的な洗練さがなくて
私は大歓迎。

以前、ナカマチ商店街の日常をこのブログで
紹介しました。ほとんど人が通らないのが現実です。
このイベントをしているところは、ほんとうに人通りがないのです。

今日は違います。
カミさんは、町がちがって見えたので、
いまどこにいるのかわからないと言っていました。

それは、悲しい現実ですが、宵宮のようなにぎわいが
もどることを切に願うのです。
若い人たちが取り組んでいることも希望ですね。

なつかしいにぎわい2007/10/06

アーケードのある商店街の中にも、
山車が置かれています。
町屋のイベントが行われているところから出ると
この人通りでした。

商店街ですから、自然なにぎわいに見えています。
しかし、日常的にはもはや失われているものです。
今晩かぎりのにぎわいなのです。

出店などに取り組んでいる人たちは、
複雑な気持ちで見ているのではないでしょうか。

たった一日、たった一晩でも、こういう姿が
見えれば、きっと再興しようとだれしもが
思うはず。

資本力にまかせて造られる住む人のいない街
=イオンモールにはない、あたたかみがここにあります。

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)