お元気ですか?
大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。
なにをテーマに書こうかと迷いながら
2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。
2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、
気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。
戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。
通信兵だった父や防空監視隊にいた母から
聞かされた話は、
戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない
という思いを強くさせるものでした。
ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、
国家の理屈で議論が進みます。
同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。
しかし、戦争は、最悪の暴力です。
私は草の根の痛み、
どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で
書いていきたいと思っています。
あまり楽しめないブログかも知れませんが、
お気軽に感想やコメントをお寄せください。
バス問題はなぜ深刻になったのだろう ― 2007/10/13
関係する論文を読むとかたい言葉がたくさんでてきます。
で、結局なんなんだって思うのです。
それで、自分の言葉に直して行こうと思います。
どうして市民の足が奪われるようになったのか?
第一、「車社会」になったから。
マイカーを乗り回すようになった。
このおかげで、バスや鉄道に乗らなくなった。
第二、高度成長の結果、過疎過密問題。
人の乗らなくなった過疎地域で
廃線が続く
第三、規制緩和
貧困な交通対策のうえに、
勝手に参入し、勝手にやめていいことになった。
2000年2月は
参入規制 免許制→許可制
休廃業 許可制→一年前の事前届出制
運賃 認可制→上限認可範囲内の事前届出制
2002年2月
乗り合いバス事業の規制緩和
廃止は、六ヶ月前に届ければいいことになる。
要するに、自由に参入できるので、競争が激化し、
儲からないところは廃止しないとやっていけない。
その結果、被害をこうむるのは、住民ということ。
これにまた別の要因が働く。
第四、市町村合併。
これまで独自に行われていたバスが廃止された。
平等の名のもとに、地域の事情で工夫されてきた
バスがすっかり廃止されてしまう。
第五、高齢化社会
マイカーに依存してきた層が高齢化で
交通手段をもたない層へ
認知症ドライバー問題など。
だいたいこんな内容かな?
付け加えるとしたら、
第六に、近くお店が廃業
これまで以上に、歩いて買い物ができる暮らしが
破壊されていき、交通手段の重要性がます。
で、結局なんなんだって思うのです。
それで、自分の言葉に直して行こうと思います。
どうして市民の足が奪われるようになったのか?
第一、「車社会」になったから。
マイカーを乗り回すようになった。
このおかげで、バスや鉄道に乗らなくなった。
第二、高度成長の結果、過疎過密問題。
人の乗らなくなった過疎地域で
廃線が続く
第三、規制緩和
貧困な交通対策のうえに、
勝手に参入し、勝手にやめていいことになった。
2000年2月は
参入規制 免許制→許可制
休廃業 許可制→一年前の事前届出制
運賃 認可制→上限認可範囲内の事前届出制
2002年2月
乗り合いバス事業の規制緩和
廃止は、六ヶ月前に届ければいいことになる。
要するに、自由に参入できるので、競争が激化し、
儲からないところは廃止しないとやっていけない。
その結果、被害をこうむるのは、住民ということ。
これにまた別の要因が働く。
第四、市町村合併。
これまで独自に行われていたバスが廃止された。
平等の名のもとに、地域の事情で工夫されてきた
バスがすっかり廃止されてしまう。
第五、高齢化社会
マイカーに依存してきた層が高齢化で
交通手段をもたない層へ
認知症ドライバー問題など。
だいたいこんな内容かな?
付け加えるとしたら、
第六に、近くお店が廃業
これまで以上に、歩いて買い物ができる暮らしが
破壊されていき、交通手段の重要性がます。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://nostalghia.asablo.jp/blog/2007/10/13/1851731/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。
戦争にかかわる碑
■ 忠魂碑・慰霊碑
○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など
○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)
○ 大津市南部の忠魂碑
民間墓地の戦没者○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。
□ 滋賀県の西南戦争の戦没者
□ 高島市(高島郡)の戦没者
■ 西南戦争(西南之役) 1877年
● 戦病死者名簿
*高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)
■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年
,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)
『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。
■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年
● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)
○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿
○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
□ Aブロック 埋葬者名簿
陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある
□ Bブロック 埋葬者名簿
日清戦争期に戦病死した下士官の墓地
□ Cブロック 埋葬者名簿
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Dブロック 埋葬者名簿(作成中)
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Eブロック 埋葬者名簿
■ 大津市作成の名簿順
■ あいうえお順
日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。
□ Fブロック 埋葬者名簿
明治8年から11年までに病死した下士官と
兵卒の墓碑が37基
□ Kブロック 埋葬者名簿
「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
すべて兵卒の墓碑。
□ Lブロック 埋葬者名簿
「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
合計98基。すべて兵卒の墓碑。
□ Mブロック 埋葬者名簿(作成中)
陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)
□ 西南戦争の戦死者
□ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿
□『大津市志』
□ 滋賀郡膳所町
□ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。