お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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郵便局にできたベルリンの「壁」2007/10/24

郵便局の「壁」
どのカテゴリーがいいのか?
たぶん、「腹がたったこと」というカテゴリーが一番だと思う。

空気は通うが心は通わない。

10月1日が過ぎたある日、
カミさんが旧・大津中央郵便局に電話した。
学資保険の満期が来ていて、
それを貯金にいれようとしたのだ。
郵貯銀行の窓口で話をして、保険のことが知りたいので
番号を教えてくれと頼んだ。
窓口の方は、
「まってくださいね」といって、しばらくたち、

「わかりません」
「あの~、隣じゃないんですか?」

「ええ、となりの席です」
「なのにわからないのですか」

「わかりません」
「きいていただけますか?」

「会社が違うのできけません」
「・・・・・・・・」

まるで絵に描いたような分割振りだった。

今日、二人で旧大津中央郵便局にでかけて、
用事をすませた。
まんなかに壁があった。

この壁が問題の壁なんだなぁと思い、
記念撮影した。
念のために、取材。
「ここに壁がありますが、むこうの人と
話すことがありますか?」
「いいえ、話すことはできないように
なっています」

●ベルリンの壁

正直言って、これは「ベルリンの壁」だと思いました。

*写真はできるだけ人を写さないよう上向きに撮りました。
壁は、色ちがいの柱の間にあります。
わかりにくいですが。

●分割すれば当たり前だが

たしかに、ちがう企業ならこれは当たり前。
問題は、その当たり前でいいのかということなんです。
ばかばかしいことが「当然」になる日が
こうしてわが家をめぐっても、やってきました。

コメント

_ にゃこりん ― 2007年10月24日 19時49分59秒

こんなばかばかしいことを真顔でやっている大人って!

_ BIN★ ― 2007年10月24日 21時50分39秒

こういう愚かしいことを職場に持ち込んだのは、政府ですね。オーストラリアに小泉首相がいって、郵便事業などを視察にいったとき、オーストラリア政府は、公務員だからこそ、国民へのサービスがわけへだてなくできると誇ったそうです。小泉首相は、首をかしげていたそうですが、公務員は政府のいわば部下です。自分の部下を信頼しないトップにいい仕事ができるわけがありません。耐震審査も民営化、いろんな審査も民営化でいいとは思えません。効率のゆきつくところは、上のような、国民にとっての非効率だと私は感じた次第です。

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BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)