
お元気ですか?
大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。
なにをテーマに書こうかと迷いながら
2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。
2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、
気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。
戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。
通信兵だった父や防空監視隊にいた母から
聞かされた話は、
戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない
という思いを強くさせるものでした。
ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、
国家の理屈で議論が進みます。
同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。
しかし、戦争は、最悪の暴力です。
私は草の根の痛み、
どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で
書いていきたいと思っています。
あまり楽しめないブログかも知れませんが、
お気軽に感想やコメントをお寄せください。
複合大型商業施設進出を大津のまちづくりを考える出発点にしたいと願う ― 2007/10/26
●まちづくりは、当初のテーマ
「まちづくり」をこのブログのテーマにしようと思っていた。
半分以上、仕事にかかわるテーマだ。
だいたい生まれてからずっと大津人。
ひとりの市民としても大事な問題になっている。
●イオンモール
草津市新浜でのイオンモール計画が出発点だった。
「考える会」は2006年からできていたが、
仕事が忙しくてかかわれなかった。2007年5月から
やっと会に参加できたのだけれど、事態は相当
進んでいた。草津市はすでに開発許可を出し、
残る手続きは、営業許可。
●「フォレオ大津一里山」、「琵琶湖・守山リゾートSC]
大津市に計画され、開発が進んでいるのは、
イオンモールだけではない。
このブログでも紹介し、足を運んだこともある
一里山の大和ハウスの工事。
この概要が明らかになったという報道がされた。
今月の22日のことだ(下の記事)。
昨日、出かけていったのは、
(仮称)琵琶湖・守山リゾートSC。
●反対での一致から創造への一致へ
もうバラバラに対応したりする段階では
ないのかもしれない。
都市計画は本来、自治体=市民が
考え、つくるものだ。
だが、日々の生活におわれる市民に
とって、都市はどうあるべきかとか、
まちはどうあるべきか、とかの議論を
続けていくのは、困難だ。
となると、行政の役割が重要だが、
実態は、コンサルに丸投げではないか。
全国一律のまちづくりになったり、
開発野放しの街、大きな資本をもつものが
そこに住む人の意向に関係なく、
複合商業施設をどんどん建てて、
まちのあり方を変えてゆく・・・。
それでいいのか。
イオンモールに反対するで一致しても
(現実には困難)、将来のまちづくりと
なると市民的に一致できるヴィジョンがない。
それでいいのか。
「進出反対」から出発してもいいから、
積極的なまちづくりでの一致点をつくる
役割を果たしてみたいものだと思う。
●ブログのカテゴリーをやり直そう。
そうしないと、見直したいものが
探せない(笑)
************************
県内最大級、来秋開業へ 大津市・工場跡地の大型店計画
10月22日9時39分配信 京都新聞
大津市一里山7丁目の工場跡地開発計画で、中核施設となる複合商業施設の概要が21日までに明らかになった。売り場面積(物販のみ)は滋賀県内最大の大型店ビバシティ彦根(彦根市)並みの約3万平方メートルで、開業は2008年11月を予定。専門店をそろえたモール型ショッピングセンター(SC)で食品スーパーや書籍店など核テナント5店を中心に、衣料や飲食など約120の専門店を誘致する。湖南地方を中心に大型店出店が相次いでおり、湖国の商業地図は激変しそうだ。
名称は「フォレオ大津一里山」。不動産開発の大和ハウス工業が、ヤンマーグループ工場跡地(敷地面積14万8500平方メートル)を買収・開発する。このうち、約5万6000平方メートルを商業施設として運営する。周辺の住宅開発なども含めた総事業費は約200億円。
フォレオは、地上2階地下1階。核テナントは売り場面積約3300平方メートル規模で、1階に食品スーパー「ユーストア」と書籍チェーン「大垣書店」を配置。2階と地下1階にアミューズメント施設と衣料量販店、フィットネスジムを誘致し、30代の家族連れから団塊世代まで幅広い世代の日常的な利用を見込む。
駐車場は約1600台を確保し、名神高速道路や京滋バイパスの出入り口が近い道路交通の利便性を生かし、大津市や草津市から広域的な集客を狙う。年間ベースで来場者500万人、売上高約150億円を見込む。
県内では、スーパー最大手のイオングループが、草津市でグループ最大級の売り場面積約6万平方メートル規模のSC出店を構想。守山市の旧「びわ湖わんわん王国」跡地でも売り場面積5万平方メートル級のSC出店を目指す動きがある。人口増加が見込まれる湖国で流通競争が激しさを増しそうだ。
最終更新:10月22日9時39分
上の写真は、京都新聞から
「まちづくり」をこのブログのテーマにしようと思っていた。
半分以上、仕事にかかわるテーマだ。
だいたい生まれてからずっと大津人。
ひとりの市民としても大事な問題になっている。
●イオンモール
草津市新浜でのイオンモール計画が出発点だった。
「考える会」は2006年からできていたが、
仕事が忙しくてかかわれなかった。2007年5月から
やっと会に参加できたのだけれど、事態は相当
進んでいた。草津市はすでに開発許可を出し、
残る手続きは、営業許可。
●「フォレオ大津一里山」、「琵琶湖・守山リゾートSC]
大津市に計画され、開発が進んでいるのは、
イオンモールだけではない。
このブログでも紹介し、足を運んだこともある
一里山の大和ハウスの工事。
この概要が明らかになったという報道がされた。
今月の22日のことだ(下の記事)。
昨日、出かけていったのは、
(仮称)琵琶湖・守山リゾートSC。
●反対での一致から創造への一致へ
もうバラバラに対応したりする段階では
ないのかもしれない。
都市計画は本来、自治体=市民が
考え、つくるものだ。
だが、日々の生活におわれる市民に
とって、都市はどうあるべきかとか、
まちはどうあるべきか、とかの議論を
続けていくのは、困難だ。
となると、行政の役割が重要だが、
実態は、コンサルに丸投げではないか。
全国一律のまちづくりになったり、
開発野放しの街、大きな資本をもつものが
そこに住む人の意向に関係なく、
複合商業施設をどんどん建てて、
まちのあり方を変えてゆく・・・。
それでいいのか。
イオンモールに反対するで一致しても
(現実には困難)、将来のまちづくりと
なると市民的に一致できるヴィジョンがない。
それでいいのか。
「進出反対」から出発してもいいから、
積極的なまちづくりでの一致点をつくる
役割を果たしてみたいものだと思う。
●ブログのカテゴリーをやり直そう。
そうしないと、見直したいものが
探せない(笑)
************************
県内最大級、来秋開業へ 大津市・工場跡地の大型店計画
10月22日9時39分配信 京都新聞
大津市一里山7丁目の工場跡地開発計画で、中核施設となる複合商業施設の概要が21日までに明らかになった。売り場面積(物販のみ)は滋賀県内最大の大型店ビバシティ彦根(彦根市)並みの約3万平方メートルで、開業は2008年11月を予定。専門店をそろえたモール型ショッピングセンター(SC)で食品スーパーや書籍店など核テナント5店を中心に、衣料や飲食など約120の専門店を誘致する。湖南地方を中心に大型店出店が相次いでおり、湖国の商業地図は激変しそうだ。
名称は「フォレオ大津一里山」。不動産開発の大和ハウス工業が、ヤンマーグループ工場跡地(敷地面積14万8500平方メートル)を買収・開発する。このうち、約5万6000平方メートルを商業施設として運営する。周辺の住宅開発なども含めた総事業費は約200億円。
フォレオは、地上2階地下1階。核テナントは売り場面積約3300平方メートル規模で、1階に食品スーパー「ユーストア」と書籍チェーン「大垣書店」を配置。2階と地下1階にアミューズメント施設と衣料量販店、フィットネスジムを誘致し、30代の家族連れから団塊世代まで幅広い世代の日常的な利用を見込む。
駐車場は約1600台を確保し、名神高速道路や京滋バイパスの出入り口が近い道路交通の利便性を生かし、大津市や草津市から広域的な集客を狙う。年間ベースで来場者500万人、売上高約150億円を見込む。
県内では、スーパー最大手のイオングループが、草津市でグループ最大級の売り場面積約6万平方メートル規模のSC出店を構想。守山市の旧「びわ湖わんわん王国」跡地でも売り場面積5万平方メートル級のSC出店を目指す動きがある。人口増加が見込まれる湖国で流通競争が激しさを増しそうだ。
最終更新:10月22日9時39分
上の写真は、京都新聞から
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西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。
戦争にかかわる碑
■ 忠魂碑・慰霊碑
○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など
○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)
○ 大津市南部の忠魂碑
民間墓地の戦没者○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。
□ 滋賀県の西南戦争の戦没者
□ 高島市(高島郡)の戦没者
■ 西南戦争(西南之役) 1877年
● 戦病死者名簿
*高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)
■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年
,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)
『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。
■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年
● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)
○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿
○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
□ Aブロック 埋葬者名簿
陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある
□ Bブロック 埋葬者名簿
日清戦争期に戦病死した下士官の墓地
□ Cブロック 埋葬者名簿
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Dブロック 埋葬者名簿(作成中)
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Eブロック 埋葬者名簿
■ 大津市作成の名簿順
■ あいうえお順
日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。
□ Fブロック 埋葬者名簿
明治8年から11年までに病死した下士官と
兵卒の墓碑が37基
□ Kブロック 埋葬者名簿
「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
すべて兵卒の墓碑。
□ Lブロック 埋葬者名簿
「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
合計98基。すべて兵卒の墓碑。
□ Mブロック 埋葬者名簿(作成中)
陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)
□ 西南戦争の戦死者
□ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿
□『大津市志』
□ 滋賀郡膳所町
□ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)
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