
お元気ですか?
大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。
なにをテーマに書こうかと迷いながら
2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。
2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、
気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。
戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。
通信兵だった父や防空監視隊にいた母から
聞かされた話は、
戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない
という思いを強くさせるものでした。
ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、
国家の理屈で議論が進みます。
同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。
しかし、戦争は、最悪の暴力です。
私は草の根の痛み、
どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で
書いていきたいと思っています。
あまり楽しめないブログかも知れませんが、
お気軽に感想やコメントをお寄せください。
サクラの木でなにかを食べているトリがいました ― 2008/04/05
ヒヨドリでしょうか? ― 2008/04/05
夜桜見物@三井寺 ― 2008/04/05
地に張り付いたようなタンポポの花でした ― 2008/04/05
公園の雑草・・・かな、変わった形の花ですね ― 2008/04/05
田宮虎彦『足摺岬』(1949年) ― 2008/04/05

『小児外科医のオフィスから 痛快!院長ブログ』で、田宮虎彦さんの『足摺岬』の記事がありました。興味深かったので、読みたかったのですが、本が見つかりませんでした。
4日に仕事で高島市に行った帰りに立ち寄ったブックオフで見つけました。
短編でしたので、一晩で読みきることができました。
死を覚悟しながら、死に切れなかった3人の人たちが登場する陰鬱な小説です。もちろん、死を推奨するものではありません。しかも、その死は、その人を囲む巨大な流れのなかで強要されたともいえるものです。
老遍路たちに死を余儀なくした人物の一人は、馬鹿正直に死んでいった人々を尻目に堂々と生き残って、よき生活をしている・・・作者は、そんな姿も登場させています。
特攻隊に志願しながら、生き残り、なんのために死を覚悟したのか、何の生きがいがあって生き残っているのかわからず苦しむ青年の姿も登場します。
社会に必要されないと感じて死への旅路へ急ぐ「私」も同様です。
昭和20年代に書かれた小説ですが、1990年代後半以降の日本は、ある意味でその時代に接近しているのではないかとを思わせました。
4日に仕事で高島市に行った帰りに立ち寄ったブックオフで見つけました。
短編でしたので、一晩で読みきることができました。
死を覚悟しながら、死に切れなかった3人の人たちが登場する陰鬱な小説です。もちろん、死を推奨するものではありません。しかも、その死は、その人を囲む巨大な流れのなかで強要されたともいえるものです。
老遍路たちに死を余儀なくした人物の一人は、馬鹿正直に死んでいった人々を尻目に堂々と生き残って、よき生活をしている・・・作者は、そんな姿も登場させています。
特攻隊に志願しながら、生き残り、なんのために死を覚悟したのか、何の生きがいがあって生き残っているのかわからず苦しむ青年の姿も登場します。
社会に必要されないと感じて死への旅路へ急ぐ「私」も同様です。
昭和20年代に書かれた小説ですが、1990年代後半以降の日本は、ある意味でその時代に接近しているのではないかとを思わせました。
ヨーヨー・マ『シンプリー・バロックⅡ』 ― 2008/04/05

私が現存する演奏家で見つけたら必ずCDを買う人がいます。一人は、アファナシエフ。もうひとりは、ヨーヨー・マ。
このCDは、もう10年近く前に出たものですね。
ヨーヨー・マさんは、とても間口がひろい音楽家。音楽する喜びがあふれているのがいいですね。
このCDは、もう10年近く前に出たものですね。
ヨーヨー・マさんは、とても間口がひろい音楽家。音楽する喜びがあふれているのがいいですね。
春の公園に咲いていた白い小さな花 ― 2008/04/05
青い花はイヌフグリかな? ― 2008/04/05
「ちびっこギャラリー」@大津市 ― 2008/04/05

湖岸に出たくてたまたま通った地下道にこのような看板がかけてありました。どんな作品があるか楽しみです。

西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。
戦争にかかわる碑
■ 忠魂碑・慰霊碑
○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など
○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)
○ 大津市南部の忠魂碑
民間墓地の戦没者○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。
□ 滋賀県の西南戦争の戦没者
□ 高島市(高島郡)の戦没者
■ 西南戦争(西南之役) 1877年
● 戦病死者名簿
*高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)
■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年
,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)
『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。
■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年
● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)
○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿
○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
□ Aブロック 埋葬者名簿
陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある
□ Bブロック 埋葬者名簿
日清戦争期に戦病死した下士官の墓地
□ Cブロック 埋葬者名簿
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Dブロック 埋葬者名簿(作成中)
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Eブロック 埋葬者名簿
■ 大津市作成の名簿順
■ あいうえお順
日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。
□ Fブロック 埋葬者名簿
明治8年から11年までに病死した下士官と
兵卒の墓碑が37基
□ Kブロック 埋葬者名簿
「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
すべて兵卒の墓碑。
□ Lブロック 埋葬者名簿
「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
合計98基。すべて兵卒の墓碑。
□ Mブロック 埋葬者名簿(作成中)
陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)
□ 西南戦争の戦死者
□ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿
□『大津市志』
□ 滋賀郡膳所町
□ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)
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