お元気ですか?
大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。
なにをテーマに書こうかと迷いながら
2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。
2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、
気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。
戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。
通信兵だった父や防空監視隊にいた母から
聞かされた話は、
戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない
という思いを強くさせるものでした。
ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、
国家の理屈で議論が進みます。
同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。
しかし、戦争は、最悪の暴力です。
私は草の根の痛み、
どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で
書いていきたいと思っています。
あまり楽しめないブログかも知れませんが、
お気軽に感想やコメントをお寄せください。
買い損ねた未練に : 杉浦 日向子『百日紅』 ― 2008/05/25
「源氏物語千年紀展」を見に、京都府京都文化博物館に出かけてきました。今日は、そのことをブログに書こうと思っていました。
しかし、ここ数週間、疲れがたまっていて体調はよくないし、歯まで痛み出す始末です。一日静養すればよかったと後悔しました。せっかく予定を立てていたのだし、他の日程を犠牲にしたこともあり、やめるわけにはゆかなかったのです。
カミさんとK君のあとについて出かけました。
入場料は、100円割引券のおかげで1200円でした。
たしかに、展示そのものは興味深かったのです。
でも、人出が多く、自分のペースで見て回ることができず、集中もできないまま、さっさと出てきてしまいました。
幾世代にわたって、『源氏物語』が絵画や文学のインスピレーションの源となってきたのを実感することができました。いくつかの写本や注解など、『源氏物語』の伝承や研究史の流れも追うことができる企画はできればじっくり見ておきたいものでした。
それはさておき、入場客のなかに、着物姿の男女や、僧服を身に着けた方の姿が見られたのは、京都ならではだと思いました。
文化博物館は上述のとおりそそくさと後にしましたが、このまま帰宅するのももったいないので、K君の希望にしたがって、ジュンク堂に立ち寄り、本でも買って帰ることになりました。
カミさんは大和和紀『あさきゆめみし』完全版第4巻と第5巻を買いました。千年紀展を見たこともあり、タイムリーな選択だと思いました。
私は、外国語のコーナーへ。そこで、パステルナークの『ドクトル・ジバコ』(Борис Леонидович Пастернак "Доктор Живаго" )を見つけて、何ページか読みました。1957年に旧ソ連では出版が拒否され、西欧に持ち出されてようやく公刊されるといういわくつきの本。1987年以降は、国内でも出版されてるそうですが、それでもロシア語で見るとある種の感慨を覚えます。
二人が新書のフロアでまだ探したいというので、私もそのフロアで時間をつぶすことにしました。
私が立ち止まったのは、「ちくま文庫」が見事に揃った書棚のまえでした。一番上の棚には、水木しげるとか、手塚治虫とかいう名前が並んでいます。マンガも入っているんですね。
偶然、手にしたのは、杉浦 日向子『百日紅』。
これがとても新鮮で詩的な江戸物語でした。
同じ著者の他の本も手に取りましたが、どれも不思議な静けさ(上品なセンス)をもった作品ばかりでした。「疲れているから、惹かれるのかなぁ、いつもの自分なら興味をもたないかな」と迷っていました。
それで、他のところも回ってから考えてみようと思いました。
もとに戻ってくると、おなじコーナーに向かう女性がいました。そこだけで数百冊ある「ちくま文庫」ですが、じっと書棚を見つめたあと、手に取った本は最上段の『百日紅』!
せっかく買おうともどってきたのですが、先に手を伸ばされてしまいました。数分まっても、真剣な立ち読みは続いています。
それであきらめがついて、何も買わずに戻りました。
ネットで調べて見て、著者の杉浦 日向子さんにとても興味を惹かれました。同時に、故人であることも初めて知ったのです。
わざわざ調べたってことは、どこか未練があったのです。心にひっかかりができる本でしたので、機会があれば、手に入れて読み直したいと思いました。
しかし、ここ数週間、疲れがたまっていて体調はよくないし、歯まで痛み出す始末です。一日静養すればよかったと後悔しました。せっかく予定を立てていたのだし、他の日程を犠牲にしたこともあり、やめるわけにはゆかなかったのです。
カミさんとK君のあとについて出かけました。
入場料は、100円割引券のおかげで1200円でした。
たしかに、展示そのものは興味深かったのです。
でも、人出が多く、自分のペースで見て回ることができず、集中もできないまま、さっさと出てきてしまいました。
幾世代にわたって、『源氏物語』が絵画や文学のインスピレーションの源となってきたのを実感することができました。いくつかの写本や注解など、『源氏物語』の伝承や研究史の流れも追うことができる企画はできればじっくり見ておきたいものでした。
それはさておき、入場客のなかに、着物姿の男女や、僧服を身に着けた方の姿が見られたのは、京都ならではだと思いました。
文化博物館は上述のとおりそそくさと後にしましたが、このまま帰宅するのももったいないので、K君の希望にしたがって、ジュンク堂に立ち寄り、本でも買って帰ることになりました。
カミさんは大和和紀『あさきゆめみし』完全版第4巻と第5巻を買いました。千年紀展を見たこともあり、タイムリーな選択だと思いました。
私は、外国語のコーナーへ。そこで、パステルナークの『ドクトル・ジバコ』(Борис Леонидович Пастернак "Доктор Живаго" )を見つけて、何ページか読みました。1957年に旧ソ連では出版が拒否され、西欧に持ち出されてようやく公刊されるといういわくつきの本。1987年以降は、国内でも出版されてるそうですが、それでもロシア語で見るとある種の感慨を覚えます。
二人が新書のフロアでまだ探したいというので、私もそのフロアで時間をつぶすことにしました。
私が立ち止まったのは、「ちくま文庫」が見事に揃った書棚のまえでした。一番上の棚には、水木しげるとか、手塚治虫とかいう名前が並んでいます。マンガも入っているんですね。
偶然、手にしたのは、杉浦 日向子『百日紅』。
これがとても新鮮で詩的な江戸物語でした。
同じ著者の他の本も手に取りましたが、どれも不思議な静けさ(上品なセンス)をもった作品ばかりでした。「疲れているから、惹かれるのかなぁ、いつもの自分なら興味をもたないかな」と迷っていました。
それで、他のところも回ってから考えてみようと思いました。
もとに戻ってくると、おなじコーナーに向かう女性がいました。そこだけで数百冊ある「ちくま文庫」ですが、じっと書棚を見つめたあと、手に取った本は最上段の『百日紅』!
せっかく買おうともどってきたのですが、先に手を伸ばされてしまいました。数分まっても、真剣な立ち読みは続いています。
それであきらめがついて、何も買わずに戻りました。
ネットで調べて見て、著者の杉浦 日向子さんにとても興味を惹かれました。同時に、故人であることも初めて知ったのです。
わざわざ調べたってことは、どこか未練があったのです。心にひっかかりができる本でしたので、機会があれば、手に入れて読み直したいと思いました。
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西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。
戦争にかかわる碑
■ 忠魂碑・慰霊碑
○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など
○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)
○ 大津市南部の忠魂碑
民間墓地の戦没者○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。
□ 滋賀県の西南戦争の戦没者
□ 高島市(高島郡)の戦没者
■ 西南戦争(西南之役) 1877年
● 戦病死者名簿
*高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)
■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年
,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)
『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。
■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年
● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)
○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿
○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
□ Aブロック 埋葬者名簿
陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある
□ Bブロック 埋葬者名簿
日清戦争期に戦病死した下士官の墓地
□ Cブロック 埋葬者名簿
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Dブロック 埋葬者名簿(作成中)
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Eブロック 埋葬者名簿
■ 大津市作成の名簿順
■ あいうえお順
日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。
□ Fブロック 埋葬者名簿
明治8年から11年までに病死した下士官と
兵卒の墓碑が37基
□ Kブロック 埋葬者名簿
「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
すべて兵卒の墓碑。
□ Lブロック 埋葬者名簿
「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
合計98基。すべて兵卒の墓碑。
□ Mブロック 埋葬者名簿(作成中)
陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)
□ 西南戦争の戦死者
□ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿
□『大津市志』
□ 滋賀郡膳所町
□ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)
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