お元気ですか?
大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。
なにをテーマに書こうかと迷いながら
2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。
2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、
気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。
戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。
通信兵だった父や防空監視隊にいた母から
聞かされた話は、
戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない
という思いを強くさせるものでした。
ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、
国家の理屈で議論が進みます。
同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。
しかし、戦争は、最悪の暴力です。
私は草の根の痛み、
どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で
書いていきたいと思っています。
あまり楽しめないブログかも知れませんが、
お気軽に感想やコメントをお寄せください。
ブログからブログへ: BIN★からけんちゃんへ ― 2008/09/23
《けんちゃんの吠えるウォッチングーどこでもコミュニティ双方向サイト》のけんちゃんさんが、ブログ世界について書いていました。きっかけは、「ブログ論壇の誕生」(佐々木俊尚・著 文春新書)。
私は、これを読んだことがないので、本について書くことはできません。でも、けんちゃんさんが、書いていることについて、自分のブログでも、エコーを返してみたいと思いました。
そういうことをやろうじゃないかって誘っているように読めたからです。
ブログって、自分で日記のように書いて、楽しめばそれでいいと思っています。アメリカや韓国のように、政治を動かすようなものでなくても、とりあえず、いいんじゃないかと。
個人ブログ、食べ物ブログ・・・他人が読んで、「?」と思っても、読む人を不快にしようと意図しているもの以外はOKじゃないかと。
ただ、気になる指摘が、ありました。
「結局自分の仲間内から出なくて、異質の人たちを排除する考えが言葉になっているようですね」「商売人は商売人だけ。労組は労組だけ。政党筋は同じ政党筋だけ。同じ仲間と同じ趣味で、だべって行動する。」・・・そういうブログでいいのかってことですね。
意識的というか、そういうものをブログでやろうという人はいるでしょし、そういう場合まで、あかんでぇっていえないと思います。
それも、サークル的というか、同じ趣味や主張の人が地域年齢などの違いを超えて、仲間が増やせるって、ブログのよさだと思うからです。
そういう場合でも、ブログって、もっと可能性があるよっていうアドヴァイスはOKだと思いますが。
そうそう、結局、ブログ世界をどうする、こうするは、どういう社会を望むのか、いまの社会はもう少し変わったほうがいいんじゃないかという、ところに根がある問題だと思うのです。
けんちゃんさんは、「異質の存在や意見を受け入れ、自己主張をできるようなブログでの交流が広がれば、ブログによる世論が社会に初めて影響が与えられると思います。日本はまだまだであると」と書いています。これは、本の趣旨なんでしょうか?
たぶん、けんちゃんさんが共感をもたれた部分なんでしょうね。
私も、共感できる部分です。
ブログ炎上ってありますね。これって、意図的にやられていることなんでしょうか。たぶん、そうだと思うのですが、「異質の存在や意見を受け入れ」る土壌が社会にあれば、そういう事態は少なくなると思います。
書くほうの問題もあるんじゃないかって思うときもあります。
みんなも当然こう思ってるだろうと思って、書いていても、実は、違和感を持つ人がいっぱいいる・・・。
私、ブログを書いていて、わかったのです。それは、大阪の橋下知事の言動を批判的に書いたときです。当然の意見のつもりで。でも、ちがったんです。猛反対のコメントされる方がいて、「ええぇ、そういう考えもあるんだ」と実感したのです。もちろん、 すべてのコメントに納得したわけではありません。 私が反省したのは、「異質の存在や意見」があることを、十分配慮して書いていたのかどうかっていう点なんです。
うまくいえないのですが、ブログには、いろんな楽しみ方があっていいし、サークル的でもいい。しかし、まずいことに、日本のように、タコツボ型の社会にあっては、タコツボ型の使い方が定着してしまう。もともと、それに止まらない可能性をもつツールなのに、もったいないってことですね、きっと。
大統領選挙に影響力をあたえるブログ世界ってお話なんですけれど、政治をブログで取り上げるって、簡単じゃないと思います。炎上の危険ってこともありますけれど、現実社会での意見の分岐は生々しすぎて、ストレートに思いを書けるときとそうでないときがあります。
そういう方向にあまり役立っていないブログだって自覚はしています。
突然、変なことを書くかもしれませんが、私は、トータルとしての自分をブログで表したいと願っているのです。願いっていうより、要求、欲求ですね。ネコのウンチから、異国の詩まで、関心のあることを感じたままに書いてしまいたい欲求ですね。仕事場でも、カミさんでも、そんな話、いちいちするわけにはいきません。それで、ブログに・・・。
そうすることで、タコツボの中から、意見の違いを認め合えるような人と人とのつながりの土台になるなら、うれしいと思うのです。
私は、これを読んだことがないので、本について書くことはできません。でも、けんちゃんさんが、書いていることについて、自分のブログでも、エコーを返してみたいと思いました。
そういうことをやろうじゃないかって誘っているように読めたからです。
ブログって、自分で日記のように書いて、楽しめばそれでいいと思っています。アメリカや韓国のように、政治を動かすようなものでなくても、とりあえず、いいんじゃないかと。
個人ブログ、食べ物ブログ・・・他人が読んで、「?」と思っても、読む人を不快にしようと意図しているもの以外はOKじゃないかと。
ただ、気になる指摘が、ありました。
「結局自分の仲間内から出なくて、異質の人たちを排除する考えが言葉になっているようですね」「商売人は商売人だけ。労組は労組だけ。政党筋は同じ政党筋だけ。同じ仲間と同じ趣味で、だべって行動する。」・・・そういうブログでいいのかってことですね。
意識的というか、そういうものをブログでやろうという人はいるでしょし、そういう場合まで、あかんでぇっていえないと思います。
それも、サークル的というか、同じ趣味や主張の人が地域年齢などの違いを超えて、仲間が増やせるって、ブログのよさだと思うからです。
そういう場合でも、ブログって、もっと可能性があるよっていうアドヴァイスはOKだと思いますが。
そうそう、結局、ブログ世界をどうする、こうするは、どういう社会を望むのか、いまの社会はもう少し変わったほうがいいんじゃないかという、ところに根がある問題だと思うのです。
けんちゃんさんは、「異質の存在や意見を受け入れ、自己主張をできるようなブログでの交流が広がれば、ブログによる世論が社会に初めて影響が与えられると思います。日本はまだまだであると」と書いています。これは、本の趣旨なんでしょうか?
たぶん、けんちゃんさんが共感をもたれた部分なんでしょうね。
私も、共感できる部分です。
ブログ炎上ってありますね。これって、意図的にやられていることなんでしょうか。たぶん、そうだと思うのですが、「異質の存在や意見を受け入れ」る土壌が社会にあれば、そういう事態は少なくなると思います。
書くほうの問題もあるんじゃないかって思うときもあります。
みんなも当然こう思ってるだろうと思って、書いていても、実は、違和感を持つ人がいっぱいいる・・・。
私、ブログを書いていて、わかったのです。それは、大阪の橋下知事の言動を批判的に書いたときです。当然の意見のつもりで。でも、ちがったんです。猛反対のコメントされる方がいて、「ええぇ、そういう考えもあるんだ」と実感したのです。もちろん、 すべてのコメントに納得したわけではありません。 私が反省したのは、「異質の存在や意見」があることを、十分配慮して書いていたのかどうかっていう点なんです。
うまくいえないのですが、ブログには、いろんな楽しみ方があっていいし、サークル的でもいい。しかし、まずいことに、日本のように、タコツボ型の社会にあっては、タコツボ型の使い方が定着してしまう。もともと、それに止まらない可能性をもつツールなのに、もったいないってことですね、きっと。
大統領選挙に影響力をあたえるブログ世界ってお話なんですけれど、政治をブログで取り上げるって、簡単じゃないと思います。炎上の危険ってこともありますけれど、現実社会での意見の分岐は生々しすぎて、ストレートに思いを書けるときとそうでないときがあります。
そういう方向にあまり役立っていないブログだって自覚はしています。
突然、変なことを書くかもしれませんが、私は、トータルとしての自分をブログで表したいと願っているのです。願いっていうより、要求、欲求ですね。ネコのウンチから、異国の詩まで、関心のあることを感じたままに書いてしまいたい欲求ですね。仕事場でも、カミさんでも、そんな話、いちいちするわけにはいきません。それで、ブログに・・・。
そうすることで、タコツボの中から、意見の違いを認め合えるような人と人とのつながりの土台になるなら、うれしいと思うのです。
コメント
_ けんちゃん ― 2008年09月24日 07時36分19秒
_ BIN★→けんちゃんさん ― 2008年09月24日 14時45分14秒
私が承知していない事情などをお書きいただき、ありがとうございます。けんちゃんさんの思いの一端に触れた気がします。
紹介していただいた本とけんちゃんさんのご意見との関係が、私は混乱していたかもしれません。
インターネットの成立で、政府や大きな報道機関に制限されていた情報発信が、個々の人間の手で行えるようになり、ブログはそれをさらに容易にしました。それをいちはやく見抜いて、活用していく社会と、それがなかなか浸透しない社会の違いはあると思います。
ですから、「異質の意見や考え方、存在を受け入れながら交流する。批判するときは大いにする。決して簡単に「切れたり」しない。我慢強く意見交換する。そのタフさがブロガーにはあっていいのではないか」・・・賛成です。
そして、付け加えるならば、決して少数派ではないと思うのですけれど。根拠はときかれると、困りますが、正論だと思うからです。
紹介していただいた本とけんちゃんさんのご意見との関係が、私は混乱していたかもしれません。
インターネットの成立で、政府や大きな報道機関に制限されていた情報発信が、個々の人間の手で行えるようになり、ブログはそれをさらに容易にしました。それをいちはやく見抜いて、活用していく社会と、それがなかなか浸透しない社会の違いはあると思います。
ですから、「異質の意見や考え方、存在を受け入れながら交流する。批判するときは大いにする。決して簡単に「切れたり」しない。我慢強く意見交換する。そのタフさがブロガーにはあっていいのではないか」・・・賛成です。
そして、付け加えるならば、決して少数派ではないと思うのですけれど。根拠はときかれると、困りますが、正論だと思うからです。
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_ けんちゃんの吠えるウォッチングーどこでもコミュニティ双方向サイト - 2008年09月24日 07時37分49秒
今日は午前中は仕事。午後から自転車で街へ繰り出しました。久しぶりに書店に入り書
_ 鶏口となるも牛後となるなかれ - 2008年10月15日 10時05分32秒
以前から予告してある、マスコミが何故インターネット言論を憎悪しているのかというエントリーだが、なかなか筆が進まない。そこで気分転換に、佐々木俊尚氏の『ブログ論壇の誕生』(以下『誕生』)を手がかりにブログ論壇において、どのように論評されているか、という点でw...
西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。
戦争にかかわる碑
■ 忠魂碑・慰霊碑
○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など
○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)
○ 大津市南部の忠魂碑
民間墓地の戦没者○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。
□ 滋賀県の西南戦争の戦没者
□ 高島市(高島郡)の戦没者
■ 西南戦争(西南之役) 1877年
● 戦病死者名簿
*高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)
■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年
,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)
『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。
■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年
● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)
○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿
○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
□ Aブロック 埋葬者名簿
陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある
□ Bブロック 埋葬者名簿
日清戦争期に戦病死した下士官の墓地
□ Cブロック 埋葬者名簿
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Dブロック 埋葬者名簿(作成中)
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Eブロック 埋葬者名簿
■ 大津市作成の名簿順
■ あいうえお順
日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。
□ Fブロック 埋葬者名簿
明治8年から11年までに病死した下士官と
兵卒の墓碑が37基
□ Kブロック 埋葬者名簿
「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
すべて兵卒の墓碑。
□ Lブロック 埋葬者名簿
「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
合計98基。すべて兵卒の墓碑。
□ Mブロック 埋葬者名簿(作成中)
陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)
□ 西南戦争の戦死者
□ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿
□『大津市志』
□ 滋賀郡膳所町
□ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)
偶然手にした本「ブログ論壇の誕生」を読んだ感想を書いたまでです。個人的にはもっと踏み込んだことを書いているのかと思い購入しましたが、やや期待はずれであったからです。
中高年親父としてブログをはじめたのが早かったので、2005年頃にはローカルテレビや新聞に2~3回登場したことでした。でもそれは「奇人変人」の扱いであり、マスコミは自分達より1段低いパーソナルメディアとしての扱いでしかありませんでした。
当時もブログの社会性についてコメントしました。
2001年の9・11以降、アメリカではマスコミ全体が戦争賛美に動くなか、実際にイラクへ行かれた兵士や家族がブログでイラクy戦争の真相を暴露し、政府やマスコミを痛烈に批判する動きがあるやに聞いていたからです。
2004年の大統領選挙ではブログを活用した民主党のハワード・ディーン候補。先行で終わりました。今度のオバマ候補は最初からブロガーが支援者にいて、どんどん支援者と小口献金をネットで集めています。
オバマ陣営ではブロガーは100ドル払えばネット使い放題の席が用意され500人のブロガーが全米から集まっているからです。
IT時代といいながら日本の自民党総裁選挙のやりかたや投票は旧態依然です。投票箱を見せて投票する。
韓国では国会議員全員がパソコンを持ち審議しているのに。選ばれた国民の代表がその有様ですから。
秋葉原の連続通り魔事件や幼児誘拐事件がおきるたびに、国会でいつもネット規制、携帯電話の規制が問題になります。
ブロガーが身の回りの日記を書くのは批判しません。日本は日記文化の国であるからです。しかしマスコミが9・11の頃のアメリカのように統制された報道ばかりしていたら、危ない方向へいくのではないか。そう思います。
異質の意見や考え方、存在を受け入れながら交流する。批判するときは大いにする。決して簡単に「切れたり」しない。我慢強く意見交換する。そのタフさがブロガーにはあっていいのではないかと思います。
私の意見はまったくの少数派であると思います。わたしは普段の市民活動も意識的にふだんおつきあいしない異質の人たちと交流を心がけていますので、そう思うからです。交流から得られたものはとてつもなく大きいからです。