お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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吉永小百合編 男鹿和雄画 『第二章 ヒロシマの風』(角川文庫)2009/05/29

吉永小百合編 男鹿和雄画 『第二章 ヒロシマの風』(角川文庫)
 吉永小百合の演じた役で最も印象に残っているのは、
TVドラマ『夢千代日記』でした。
 夢千代は、温泉の芸者さん。
広島で胎内被曝した薄幸の女性です。
幸せを願いながら、さしのべられる手を握ることができません。
彼女をめぐる人情模様が描かれていきます。

 米原万里は、吉永小百合について面白いことを言っています。
帰国子女であった彼女は、最初見たとき、
「なんでこの人が美人なんだ?」と思ったそうです。
プラハでの美意識が染みついていたのでしょうか。
しかし、しばらく、日本で過ごすうちに、
「ああ、すごい美人だ」と思うようになったとか。

 それはさておき。

吉永小百合は、この本の最後に
「語り継ぐもの」という文章を寄せています。

それがすべてを語っています。

峠三吉の「にんげんをかえせ」で始まる
20の原爆詩と男鹿氏の挿絵は、
それぞれが胸を刺すものとなっています。
読みながら、心がシーンとしてくるのを感じます。

こういう実相を無視して、核軍拡をつづける
人たちをどう考えるべきなのでしょうか。
そういう瀬戸際政策をすすめる国を
身近に見るにつけ、強い怒りを感じます。

同時に、私は思うのです。

原爆の被害に向かい合うと同様に、
加害者としての自国の歴史に向かい合うべきだと。

戦争の危機は、他国民と手をあわせてこそ、
止めることができると思います。
そのために、相互理解といたわりの土台となる
認識を共有することが大切だと思うのです。

杉浦日向子 『JASUJI東京』2009/05/29

杉浦日向子 『JASUJI東京』
杉浦日向子の世界に
ひさしぶりに浸ることができた。

YASUJIとは、井上安治のこと。
明治初期の風景画家である。

主人公は、会えないとわかっている
過去の作家に、なぜそんなに
心が惹かれるのだろう。

二人の不思議な響きあいには、
とても、入り込めないけれど、
じっと見つめていたい
・・・そういう気分にさせられる。

杉浦日向子は、詩的な世界を
マンガで描いた人なのだ。

ところで、杉浦日向子さんのマンガ作品だけど、
『YASUJI東京』(ちくま文庫)以外に、
『合葬』(ちくま文庫)
『ゑひもせず』(ちくま文庫)
『ニッポニア・ニッポン』(ちくま文庫)
『東のエデン』』(ちくま文庫)
『とんでもねえ野郎』(ちくま文庫)
『百日紅』(ちくま文庫)
『二つ枕』(ちくま文庫)
『百物語』(新潮文庫)
と読んできた。

寡作だったうえ、これからというときに
逝かれたので、これ以上読むことができない。
(まだ、作品ありますか?)

とても残念でならない。

澤地久枝『火はわが胸中にあり 忘れられた近衛兵士の叛乱 竹橋事件』(文春文庫)2009/05/29

澤地久枝『火はわが胸中にあり 忘れられた近衛兵士の叛乱 竹橋事件』(文春文庫)
澤地久枝の『火はわが胸中にあり』。
西南戦争後の恩賞や待遇に不満をもった
近衛兵士の叛乱を描いた作品である。
この事件は、ほとんど唯一の軍内の叛乱事件である。
その重大性から、ひた隠しにされ、歴史から抹殺された。

作者は、百年のときを経て、ほとんど不可能とおもえる
難事業をやりとげ、この作品を誕生させた。

ところで、この本は岩波現代文庫からも出ている。

私には妙な癖があって、
ほれ込んだ本やCDが中古店に転がっていると、
ほっておけないのである。
かぶるのを承知で買ってしまう(笑)。
もちろん、カミさんには内緒である。
ただでさえ、荷物がふえていくのだから。

この本は、文春文庫となる(1987)前は、
角川文庫にあったらしい。
そこが絶版となったあと、文春文庫となり、
そして、2008年に岩波現代文庫となった。

表紙は、岩波現代文庫が一番だと思う。
なぜなら、そこには、この事件で処刑された
若い兵士の写真が飾られているからだ。

そのまなざしは、心をえぐる。

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)