お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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Идёт дождь2009/06/05

ときどきお世話になっています
雨がふる。そして私は休日。

Идёт дождь
「雨がふる」・・・最初のほうで学ぶロシア語。

「ロシア語では、雨が降るは、fallではなく、
go にあたる идтиを使いますよ」
と注意されたことを思い出す。
「なぜ、go なんだろう?」
そういう質問をしたのか、しなかったのか、
もう忘れてしまった。・・・今は昔。

そして今日、なぜか気になって調べてみる。
しかし、辞書には書いていない。

Pocket Oxford Russian Dictionarryを見る。
ここにも説明はない。しかし、
rainy day = чёрный(=黒い) день(日)
と書かれている。
え?!「雨の日」って、「黒い日」だっけ?と、たじろぐ私。

しかし、よくよく考えてみれば、
これは「まさかの日」という表現にちがいない。
provide for a rainy day!
(まさかのときに備えなさい!)

そのまさかのとき、雨が、しかも「黒い雨」が
ヒロシマに降った。1945年のことである。

私たちのчёрный день
もう雨を汚させてはならないのだ。

石原慎太郎『国家なる幻影』(上)(下)(2001)2009/06/05

石原慎太郎『国家なる幻影』(上)(下)(2001)
本は、いったい何種類あるのだろう。
読みたくて読む本、読みたくても読めない本。
読みたくなくても読める本、読みたくないので読まない本。

気分的に引きそうな人でも、私は読んでみたいと思う。
いろんな人に対して、フェアでいたいからだし、
時代に流されたくないと思うからだ。
だれかがイスラエルで言ったように、
壁になるよりは、卵になるほうがいい。

この本には、不思議な人物が登場する。
執拗に描写されるけれど、素顔が見えてこないのだ。
そんなに下劣な人種なら、相手にすることもない。
もしかしたら、ここには『魔笛』のような逆転が
用意されているのだろうか。
もちろん、黒の反対が白とは限らないのだが。

人間の歴史は大方、戦争の歴史とさえいえるが、当時のあの戦争に反対して、しょせん平和への感傷だけをかざして大騒ぎしていた日本のベ平連などに表象された進歩的文化人と称される、結果から見れば尻切れとんぼの無責任でいしかなかった手合い・・・
キリストという神の誕生を祝うと称してわずか四十八時間の間殺し合いの手を控えるということで戦争での人間性の復活を見立てようとするにせよ、しょせん虚偽の上に虚偽を重ねるだけの欺瞞と冒涜にしかすぎぬものについてセンチな日本の進歩的文化人・・・


石原慎太郎氏のこの本は、最後まで読み通すことにした。
無邪気なまでの傲慢さ
読みたくなくても読める本。

すべては歴史の審判の前へ。

『中国面白雑貨買い歩る記』(新潮文庫)2009/06/05

『中国面白雑貨買い歩る記』(新潮文庫)
漫画家って、やっぱり、ふつうじゃないですね!
つくづく思いました。

なにがあっても、楽しんじゃう。

中国に行く前から、たった16人の読者
(つまり、旅行する仲間)だけの新聞を
つくって、盛り上がる。
行ったらいったで、雑貨で盛り上がる。
旅行した団体名まで変えてしまう。
帰ってきたら、またお土産で盛り上がる。
本までつくっちゃう。

う~ん、こうでなくちゃ。

写真満載ですから、雑貨も面白い!!

ところで、これは、1980年代のことですね。
古本しか買わないので気がつかなかったけれど。

中国はそれからものすごく変わったと思います。

この続編ってないのかな?

「ライオンがシマウマを食べるとき、何か感じるでしょうか」2009/06/05

茨城県土浦市での殺人事件。
その被告は、被害者への思いを聞かれて、
つぎのように答えたそうです。
「ライオンがシマウマを食べるとき、
ライオンはシマウマに何か感じるでしょうか」

私は、大変、驚き、考え込みました。
そして、黙ってはいられなくなったのです。

K被告へ。
 あなたはライオンではありません。
 そして、ライオンがどう考えるのかは、わかる問題ではありません。ただ、人は、シマウマの悲しさ、苦しさはわかるようにつくられているはずです。
 あなたは、次のように言ったと報道されています。
「ファンタジーの世界がすべて。」
「このつまらない世界にいる自分の人生を終わらせたかった。
ゲームの世界では主人公は才能にあふれ、自由に行動できる。」
「自分は才能はなく、つまらない毎日を過ごしている。
どこにも生きている意味はない。」

 ファンタジーの世界は、触れることができない世界です。触れることのできる世界は、冷たくあれば、暖かくもあります。ファンタジーの世界は、その影であって、ホンモノに触れる喜びには及びません。
 つまらないかどうかを決めるには、早いのです。
 ですから、終わらせる必要はありません。
 人間としての感性をとりもどし、そして、心から泣き、悔い改めることが 大事だと私は思います。
 あなたが歪んだ結果、罪を犯し、犠牲者が生まれました。私は、その犠牲者は、気の毒でなりません。しかし、酷なことかも知れませんが、その歪んだままで、死を望むことはあまりに身勝手。
 不遜な笑いと罰を平然とうけいれる態度は、犠牲者の家族の怒りと悲しみを増幅させ、むなしさをいっしょうかきたてます。
 あなたには、後悔する義務があります。
 人間は悔い改めることができること、そして、心からわびをいえてこそ、あなたも犠牲者も救われるのだと思うのです。

・・・

人でありながら、なぜ、みずからを
ライオンになぞらえ、
他人をシマウマとして殺傷できるのか、
そのチャンネルへどうして、
切り替わっていくのか。
どうして、人間としての自分を
とりもどしていくのか。

ドストエフスキーの『罪と罰』は、
旧き物語ではないのです。

まったくの他人が口を挟める問題ではないと
思いながら、書きました。不愉快におもわれる
犠牲者の関係者がおられるかも知れません。
お許しください。

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)