お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

8年前に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。通信兵だった父や防空監視隊にいた母から聞かされた話は、戦争は二度とあってはならないという思いを強くさせるものでした。ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、国家の理屈で議論が進みます。同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。戦争は、最悪の暴力。私は草の根の痛み、どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

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戦傷死した鎌倉誠一少尉(23歳)の場合~日露戦争の第一回目の臨時大祭で合祀~2010/10/11

23歳で戦傷死した鎌倉少尉の墓碑@旧大津陸軍墓地
 戦死した村治少尉につづいて、戦傷死した鎌倉少尉の場合はどうなったでしょうか。

 鎌倉誠一少尉について、明治44年の『大津市志』の「人物志」はつぎのように記録しています。
大津市上百石町百三十番屋敷
陸軍歩兵少尉正八位勲六等功五級 鎌倉 誠一
明治十四年五月八日生
明治三十一年中央幼年学校出身歩兵第二十聯隊小隊長として三十七八年戦役従軍各地戦闘三十七年九月三日清国遼陽付近の戦闘に於て左胸及前膊貫通銃創を受け同月六日「シュジャトウン」野戦病院に於て負傷により死亡同日戦功に依り叙勲六等単光旭日章及功五級金鶏勲章並に従軍記章を賜はり同三十八年五月に靖国神社に合祀せられる。
 つまり、鎌倉少尉は、戦闘により受けた傷で三日後に病院で亡くなりました(戦傷死)。23歳でした。
そして、第一回目の大祭で合祀されたのです。

コメント

_ 遠藤 忠 ― 2011年09月21日 12時31分17秒

第12代聯隊長遠藤伸二郎は私の曾祖父にあたります。その後奈良聯隊(歩兵第38聯隊)聯隊長として転属、そこで現職で亡くなっております。祖父、祖父の弟ともに職業軍人で当時奈良聯隊勤務、祖父が中尉、祖父の弟が少尉の礼服をきて葬儀に臨んでいる写真が家に残っております。旧大津陸軍墓地の所在地についてお知らせくださると幸いです。

_ BIN★→遠藤 忠 さん ― 2011年09月21日 21時45分40秒

はじめまして。
驚きながら、コメントを読ませていただきました。
第十二代第九聯隊の聯隊長の子孫のかたに来ていただいて光栄に思います。
旧大津陸軍墓地は、大津市皇子が丘1丁目にあります。JR湖西線の大津京駅(旧西大津駅)のすぐ山手に位置しています。駅から車でいけば5分程度です。
ご案内が入用でしたら、連絡いただけたらと思います。

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BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)