お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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「福島第一原子力発電所事故・・・・」の文字@放射線影響研究所(広島)2011/09/27

「福島第一原子力発電所事故・・・・」の文字@放射線影響研究所(広島)
 広島市の比治山。その頂上は平らで広大。大部分は「放射線影響研究所」の敷地が占めています。そこに「福島第一原子力発電所事故による被ばく汚染測定でお越しの方は、こちらの通用門で受け付けます」の掲示板。1945年と2011年がこの通用門で、つながります。
 私は、素っ気ない表示だなと思いました。

まちのアイデンティティ ~「くすりの町甲賀」に~2009/10/30

「くすりの町甲賀」にピンとこなかったのは私の無知のせいでした
 9月下旬から10月下旬近くまで甲賀市に滞在しました。そのときに、水口町、土山町、甲賀町、甲南町そして信楽町というように多様な町が合併してできただけに、考えさせれれたのが、その地域のアイデンティティとはなにかでした。
 「○○はどんなまちですか?」「○○の誇りはなんですか?」「もっとも○○らしい所ってどこですか?」という問いへの答えでもありますね。もっとも先を見越して「○○はどんなまちを目指しますか?」という問いでもいいですね。
 甲賀町へ行ったとき、「近江米の産地」というのはりっぱなアイデンティティです。しかし、民主党新政権はFTAを認める方向に見えるし、高齢化と後継者問題が深刻です。「もちもちハウス」にあるように、モチで新生面を開いているとはいえ、それは全体の底上げになるのかどうか、わかりません。
 「くすりもある」と言われました。そういえば、製薬会社はちいさな町に10社(程度)が集まって、工場をもっています。なぜこの地にかということですが、江戸時代からの伝統があるからというのが答えでした。

後期高齢者医療制度廃止への道が拓かれる2009/09/17

 人間を民族で差別したり、肌の色で差別することが許されないように、命にかかわる医療を年齢で差別する・・・こんな制度が生き延びていいはずはありません。私も廃止の署名をしましたけれど、実際に廃止の道のりは楽ではないと思っていました。

 No easy walk to freedom.
 「自由への平坦な道はない」

 そうそう、こう歌っていた、PPMのマリーさんが亡くなりましたね。ニュースで知って、残念に思いましたが、1980年代にも、捕鯨禁止や環境を守れという内容の歌を歌い続けていました。
ピーター・ポール&マリーのトラバースさんが死去
 [ワシントン 16日 ロイター]
 米国の各メディアは16日、「花はどこへ行った」などのヒット曲で知られるフォークグループ、ピーター・ポール&マリーのマリー・トラバースさんが、コネティカット州の病院でがんのため死去したと報じた。72歳だった。
 ケンタッキー州ルイビルで生まれたトラバースさんは1961年、ピーター・ヤロウさん、ポール・ストゥーキーさんとグループを結成。ボブ・ディランが手掛け、同グループが歌った「風に吹かれて」は、公民権運動のテーマ曲にもなった。
 ほぼ同じ頃に、民主党の新しい厚生労働相が「廃止を表明」という記事を見ました。今後も平坦ではないけれど、あきらめなければ道は必ず開けると思いましたね。
 それに、この動きを止めようとする勢力はもう多数ではないはずです。時代の変化と目に見えない世論の力を強く感じたニュースでした。
後期高齢者医療制度の廃止を表明=具体的な時期などは言及せず-厚労相
9月17日1時4分配信 時事通信
 長妻昭厚生労働相は17日未明の初閣議後の記者会見で、75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度を廃止する意向を表明した。ただ、具体的な廃止時期などについては言及しなかった。
 長妻厚労相は「民主党のマニフェスト(政権公約)でも廃止するということは明言している。年齢で区分して一つの保険制度に入れるのは無理がある」との認識を示した。その上で「新たな最終的な到達点もマニフェストで示している。その時期、手法については現状把握をした上で詳細に制度設計をつくり上げていきたい」と述べた。 

Swine influenza → influenza A(H1N1)2009/05/01

WHO(世界保健機構)は、
豚インフルエンザ」という名称から、
インフルエンザA」に変えたということです。
食肉業界への風評被害を考慮したのですね。

しかし、WHOの日本語サイトを見ると、
まだ「豚インフルエンザ」となっていました。
それには理由があるのでしょうけれど、
いったん使われ始めると、簡単には変えられないのです。
「豚インフルエンザ」という名称には、
インパクトがありますから。

それはともかくとして、「豚インフルエンザ」は、
英語で、Swine influenza というのですね。
swine は古語で、集合名詞らしいです。
swine flu
hog flu
pig flu
とも。

WHOのサイトを見てみると次の記事がありました。
Joint FAO/WHO/OIE Statement on influenza A(H1N1) and the safety of pork

In the on-going spread of influenza A/H1N1, concerns about the possibility of this virus being found in pigs and the safety of pork and pork products has been raised.

Influenza viruses are not known to be transmissible to people through eating processed pork or other food products derived from pigs.

Heat treatments commonly used in cooking meat (e.g. 70°C/160°F core temperature) will readily inactivate any viruses potentially present in raw meat products.

Pork and pork products, handled in accordance with good hygienic practices recommended by the WHO , Codex Alimentarius Commission and the OIE, will not be a source of infection

Authorities and consumers should ensure that meat from sick pigs or pigs found dead are not processed or used for human consumption under any circumstances.

名称変更は、感染の広がりを防ぐ問題とは別です。
感染された方々が、深刻な事態にならなければと
祈るばかりです。
それぞれができることをすべきでしょうし、
パンデミックに到らないよう、
最善の方策がとられることを期待します。

廃止しかない後期高齢者医療制度学習交流集会@大津市2008/06/16

廃止しかない後期高齢者医療制度学習交流集会@大津市
 6月15日。大津市で「廃止しかない後期高齢者医療制度学習交流集会」が開かれました。前の方に座っていましたので、どれかでの人数かよくわかりませんでしたが、休憩のとき見ると、後ろは満席で、イスを別に出して座る方もいました。
 パネラーの方の発言やフロアーからの発言を聞いていて、後期高齢者医療制度の廃止を求めて、07年から運動をつづけてきたことが大きな変化を生み出したと実感しました。私もそうですけれど、参加者のそれぞれがその思いを刻んだと思いました。
 思えば、廃止の一点で野党の共同ができたこと、そして廃止法案が提案されたことは、世論の後押しなしには考えられないことです。今国会は、まだ継続していますが、この廃止法案が廃案にされることなく、ひきつづき運動を広げたいと思いました。

「”うばすて”制度は廃止を!」の座り込み行動2008/06/13

「”うばすて”制度は廃止を!」の座り込み行動
 後期高齢者医療制度は、高齢者(どの人もやがては高齢者)を見捨てる医療制度で許せないという怒りの表明。
 廃止法案が提出しながら、審議拒否する人たちは、どこまで真剣にこの怒りを受け止めているのか、疑問です。推進する人たちへの審判は、沖縄で出ましたが、怒りを道具のようにしてもてあそぶ態度も、審判が下るときがくると思います。ちゃんと受け止めて、誠実に、廃止めざしてがんばるのが、政治家の使命です。
 昨晩、瀬田のKさんとお話をしました。高齢者は、ほんとうに小額の年金しかもらっていないのです。そのうえで、これまで負担のなかった人(当然、すくない生活費の方)からも、年金天引き。75歳未満は、滞納(お金がある人は滞納しません)しても、いきなり保険証を取り上げられませんが、75歳以上では取り上げることが決まっている・・・。取り上げられ資格証明書になると、窓口10割負担。もともと払うお金がないのですから、10割負担できるわけがありません。医者にいけなくなるのです。
 今でも、お金がないので医者にかからない人が身近にいます。そういう現実を見ないのは、人の顔をした政治とはいえません。人ではない政治は、やめてもらうしかないと思います。
 Kさんは、座り込みに行くといっていました。私は仕事中なのでいけませんが、連帯の気持ちをこめてブログに書くことにしました。

《なぜ、現代のうば捨て制度と呼ばれるのか? 「後期高齢者医療制度」を考える学習県民集会》(滋賀県社会保障推進協議会)2008/06/08

《なぜ、現代のうば捨て制度と呼ばれるのか? 「後期高齢者医療制度」を考える学習県民集会》
6月8日(日)。大津市民会館小ホールで、時の焦点である後期高齢者医療制度をめぐって、《なぜ、現代のうば捨て制度と呼ばれるのか? 「後期高齢者医療制度」を考える学習県民集会》が開催されました。
 主催は、滋賀県社会保障推進協議会。
 午後1時半から3時半までの予定でしたが、午後4時近くまで集会は延長されていました。私は別の会議があったために、閉会ぎりぎりに到着しました。
 この集会は、そのタイトルからわかるように、後期高齢者医療制度の撤回・中止をもとめ運動をしてきた人たちの主催です。
 わたしが最初にこの制度の重大な内容を知ったのは、2007年のはじめでした。旧志賀町のF医師さんが学習会を開いていただいたのです。そのときは、医療をめぐる焦点は、医師不足・看護師不足(現在も重大事態にかわりはありません)だと思っていました。Fさんに教えていただいて以来、参加の濃い薄いはありましたが、やめさせたいという立場で私は、署名活動などをしてきました。
 そのとき、滋賀県社会保障推進協議会とともに反対の立場で運動に参加していたのは、政党では、(いつものように)共産党だけだったのです。地方議会(県議会、市議会)でも同様でした。
 しかし、この学習県民集会は、様変わりしていたと聞きました。
 国会で廃止のために共闘している国会議員からのメッセージが届いたり、反対の立場の県議会議員が参加するならわかりますが(現実に複数の党派から参加されていました)、推進の中心となっている党派の県議会議員が「発言させてもらいたい」と参加するなどは、前代未聞のことです。
 詳細はあとで参加者から聞きたいとおもいます。

「AEDは、どこにありますか?」2008/05/24

AEDの使用訓練をしました
 防災訓練のメニューのなかに、突然倒れた人の救命のための処理がありました。
 ①「もしもし、大丈夫ですか!」という、よびかけに始まり、②窒息を防止するための頭の位置を変えること、③大声で救援を求めて、「あなた、119番に電話してください」、「こちらのあなたは、AEDを○○支所から、取ってきてください。」という指示をすること、④AED到着までに、人工呼吸と心臓マッサージをすること、⑤AEDの操作、⑥人工呼吸+マッサージ+AED操作などの作業を交代で行うこと、などなど。
 先日のペンギンさんでの訓練が生きてきましたねぇ。(心臓マッサージのテンポを保持するために歌う歌は、「アンパンマンの歌」、「世界でただ一つの花」ともう一つは「地上の星」でした)
 一連の訓練が無事終了したあと、JR駅を通りがかったとき、AEDがどこにあるのか、確かめようという気になりました。
 京阪三条の駅には、改札口の外にありますね。
 ではJR大津駅はどこにあるんだろう?
 改札口の外に見当たりませんから、(よせばいいのに・・・)、改札口に聴きに行きました。
「AEDは、どこにありますか?」
「それは・・・そうそうキオスクの裏手、あそこにあります。」
「改札口の中ですね。外で事故が起きたら、ここから入ればいいのですか?」
場所確認だけで引き下がらず、念押しをするものですから、駅の事務所から人が集まってきて、「だれか、AEDが必要な人がいるんですか!」とあわてた様子。
まあ、ふつうはここまで聞きませんよね。
「今日、防災訓練があったので、確かめたかったのです」と笑顔でいって、引き上げてきました。
そういう文脈が伝わっていないと変だと思われるはずですね。
遠くから見ていたカミさんは、話をきくと、大笑いでした。
まあ、「AEDどこですか」と聞けば、使うって思いますものね。

アンパンマンの歌でペンギンさんを蘇生します2008/05/20

ペンギンの心臓マッサージ
 カミさんが突然、ペンギンさんを横にして、生き返らせようとしています。
「溺れて水が入ってない場合は人工呼吸が必要だけれど、ふつうに心臓が止まったら、機械がない場合、救急車が来るまで、ひたすらこうして心臓を押しつづける(?)のがいいって。そのテンポは、”アンパンマンの歌”か、”世界に一つだけの花”か、・・・・・(聞いた私が忘れました)がいい」といいながら、歌を試しながら、押しています。
 ペンギンさんは、その間に、ドンドン平面化・・・。

年金天引き・・怒りの記念日@後期高齢者医療制度2008/04/15

 今日15日は、後期高齢者医療制度の保険料が、年金から天引きされる日です。たまたま出合った方は、「通帳を見るのが怖い」とおっしゃいました。それは、少ない年金が削られることの恐怖と不安の表現だと思いました。
 怒りのことばもありました。
 「米軍におもいやる予算があるくらいなら、なぜ自分の国民を(高齢者を)おもいやる予算がないのだ!」
 もっともな意見だと思います。

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)