
お元気ですか?
大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。
なにをテーマに書こうかと迷いながら
8年前に『この記なんの記』ブログをはじめました。
2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、
気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。
戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。通信兵だった父や防空監視隊にいた母から聞かされた話は、戦争は二度とあってはならないという思いを強くさせるものでした。ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、国家の理屈で議論が進みます。同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。戦争は、最悪の暴力。私は草の根の痛み、どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で書いていきたいと思っています。
あまり楽しめないブログかも知れませんが、
お気軽に感想やコメントをお寄せください。
幸福の押しつけはよくない ― 2011/09/10
原発NO!!の文字に ― 2011/09/08
湖西道路の騒音対策で「前原大臣に、要望書」と「住民の会」ニュース ― 2009/10/26
「ダム建設反対署名にご協力ください」@滋賀県 ― 2008/08/05
滋賀県はマイナーな県ですが、都道府県単位で二度も住民投票条例を求める署名を行ったところは、他にありません。・・・少なくとも、新幹線新駅署名の時点では。
びわ湖空港建設と新幹線新駅建設。両方とも県議会で否決されましたが、建設はストップし、住民運動は勝利したのです。
県議会は、推進派が大多数。 「なのになぜ中止?」という疑問がわきますが、住民の声をきかない首長や議会に、選挙できびしい審判が下すことができたこと、最高裁までいった裁判で勝利したことなどが、すべてあわさって、変化を生んできたのです。
いったん中止となったダムがまたまた復活させようという動きがあります。淀川水系流域委員会は不要という結論を出しているのに、国土交通省は、あくまでつくろうとしています。
そこで、ふたたび住民運動でストップをかけよというのです。
いまや、県政もかわっています。
嘉田知事は、建設に難色をしめしています。その立場でふんばっていただきたいというメッセージをつたえる署名となります。私も取り組みたいと思っています。
写真はその呼びかけのチラシです。
興味のある方は、チラシの連絡先にアクセスください。
びわ湖空港建設と新幹線新駅建設。両方とも県議会で否決されましたが、建設はストップし、住民運動は勝利したのです。
県議会は、推進派が大多数。 「なのになぜ中止?」という疑問がわきますが、住民の声をきかない首長や議会に、選挙できびしい審判が下すことができたこと、最高裁までいった裁判で勝利したことなどが、すべてあわさって、変化を生んできたのです。
いったん中止となったダムがまたまた復活させようという動きがあります。淀川水系流域委員会は不要という結論を出しているのに、国土交通省は、あくまでつくろうとしています。
そこで、ふたたび住民運動でストップをかけよというのです。
いまや、県政もかわっています。
嘉田知事は、建設に難色をしめしています。その立場でふんばっていただきたいというメッセージをつたえる署名となります。私も取り組みたいと思っています。
写真はその呼びかけのチラシです。
興味のある方は、チラシの連絡先にアクセスください。
「路上生活者支援活動にご協力ください」 ― 2008/08/02
講演 : 近江絹糸「人権」争議とはなんだったのか ― 2008/05/23
近江絹糸争議(1954年)は、戦後まもない時期の大事件のひとつです。しかし、それと知ったのは、ずいぶん後のことです。こういう事件は、公教育のなかで知らされることが少ないからだと思います。
人権闘争と呼ばれているのは、労働条件の劣悪さだけではなく、手紙の開封がまかりとおったり、外出が不当に禁止されたり、宗教を強制されるなど封建的な人権侵害とたたかって勝利したからだと聞いています。
ここで講演される白石道夫さんをはじめ、近江絹糸「人権」闘争を当事者として、たたかいぬいた人たちが、私のまわりに多数存在しています。
しかし、まとまって話をきく機会はありませんでした。それがこういう形で実現することになりました。
いま小林多喜二の『蟹工船』が異例のブームです。
永いときを隔てて、人の生き方が重なりあり、響きあう姿を見るとき、歴史の試練に耐えることの意味を考えることになります。
近江絹糸争議は、日雇い派遣など人としての尊厳を奪われるような働かせ方を強要されている人たちに、受け継がれるべき事件として、蘇ってくるように思うのです。
この講演は、明日24日です。
詳しくは上の写真のチラシを見てください(クリックで拡大)
人権闘争と呼ばれているのは、労働条件の劣悪さだけではなく、手紙の開封がまかりとおったり、外出が不当に禁止されたり、宗教を強制されるなど封建的な人権侵害とたたかって勝利したからだと聞いています。
ここで講演される白石道夫さんをはじめ、近江絹糸「人権」闘争を当事者として、たたかいぬいた人たちが、私のまわりに多数存在しています。
しかし、まとまって話をきく機会はありませんでした。それがこういう形で実現することになりました。
いま小林多喜二の『蟹工船』が異例のブームです。
永いときを隔てて、人の生き方が重なりあり、響きあう姿を見るとき、歴史の試練に耐えることの意味を考えることになります。
近江絹糸争議は、日雇い派遣など人としての尊厳を奪われるような働かせ方を強要されている人たちに、受け継がれるべき事件として、蘇ってくるように思うのです。
この講演は、明日24日です。
詳しくは上の写真のチラシを見てください(クリックで拡大)
Gardening by Ms.@高島市(旧高島町) ― 2008/05/20
「いのちとくらしを守る会」の予算討論集会@大津市 ― 2008/02/24
23日午後2時から、大津市の明日都浜大津ふれあいセンター5階で、「2008年度大津市予算討論集会」が開かれました。
1月の市長選挙を共同してたたかった「いのちとくらしを守る大津市政の会」と日本共産党大津市議会議員団の共催です。
激しい雪交じりの風がふくあいにくの天候でしたけれど、熱心な討論が行われました。
主題は、1月の選挙で当選された現市長が提案した新年度予算案をどう見るかです。
障害者団体、女性団体、医療関係者、保育園関係者、一般市民などが参加して、意見を出し合いました。
私も出席して、お礼とともに、予算全体についての意見を述べました。
今年度予算を見ると、選挙の中で、それまでの主張を変えて「新庁舎建設をしない」と言った現市長が、建設のための積立金2億円を計上しています。その他、福祉関係の予算が増額している一方で、負担増もあるなど、一様ではない内容となっています。
問題は、この予算案が、いまの大津市政が直面する問題の解決に、大きく踏み出す内容と構えになっているのか、ということです。
これについては、さらに詳細に検討する必要がありますが、それまでの枠組みを大きくは踏み出していないという印象です。
1月の市長選挙を共同してたたかった「いのちとくらしを守る大津市政の会」と日本共産党大津市議会議員団の共催です。
激しい雪交じりの風がふくあいにくの天候でしたけれど、熱心な討論が行われました。
主題は、1月の選挙で当選された現市長が提案した新年度予算案をどう見るかです。
障害者団体、女性団体、医療関係者、保育園関係者、一般市民などが参加して、意見を出し合いました。
私も出席して、お礼とともに、予算全体についての意見を述べました。
今年度予算を見ると、選挙の中で、それまでの主張を変えて「新庁舎建設をしない」と言った現市長が、建設のための積立金2億円を計上しています。その他、福祉関係の予算が増額している一方で、負担増もあるなど、一様ではない内容となっています。
問題は、この予算案が、いまの大津市政が直面する問題の解決に、大きく踏み出す内容と構えになっているのか、ということです。
これについては、さらに詳細に検討する必要がありますが、それまでの枠組みを大きくは踏み出していないという印象です。
ちょうちんデモの出発前の集会の様子です ― 2007/11/28
16日の午後6時すぎに、
JR大津駅前に珍しい光景がありました。
それは、ちょうちんデモの集会です。
中小業者の団体や労働組合
個人が参加した
消費税引き上げ反対のアピールです。
これは主催者あいさつのシーンです。
JR大津駅前に珍しい光景がありました。
それは、ちょうちんデモの集会です。
中小業者の団体や労働組合
個人が参加した
消費税引き上げ反対のアピールです。
これは主催者あいさつのシーンです。
新幹線栗東新駅建設の中止が決定しました ― 2007/10/28
10月28日、東海道新幹線(仮称)南びわ湖駅設置促進協議会の総会が開かれました。その席上、協定の当事者である滋賀県、栗東市、促進協議会、JR東海が合意できなかったので、協定類のすべてが終了することが確認されました。
わかりにくいことですが、要するに、新幹線新駅の建設中止の決定が確認されたのです。
住民は、この工事はムダな公共事業であり、JR東海が一円の負担もしないことは許されない、新駅建設は負債もろとも後世に禍根をのこすと訴えたきた運動の勝利です。
実に長い時間がかかりました。
2006年に住民投票条例をつくるよう求める署名もしましたし、議会でも2002年から論戦がおこなわれました。裁判にも訴えるなかで、勝ち取った住民側の勝利です。
やはり、あきらめず、やりぬくことが大事なのです。
これを一人で祝うことはないですね。
栗東市をはじめ、全県でがんばった人すべてと、分かち合いたい勝利です。
わかりにくいことですが、要するに、新幹線新駅の建設中止の決定が確認されたのです。
住民は、この工事はムダな公共事業であり、JR東海が一円の負担もしないことは許されない、新駅建設は負債もろとも後世に禍根をのこすと訴えたきた運動の勝利です。
実に長い時間がかかりました。
2006年に住民投票条例をつくるよう求める署名もしましたし、議会でも2002年から論戦がおこなわれました。裁判にも訴えるなかで、勝ち取った住民側の勝利です。
やはり、あきらめず、やりぬくことが大事なのです。
これを一人で祝うことはないですね。
栗東市をはじめ、全県でがんばった人すべてと、分かち合いたい勝利です。

西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。
戦争にかかわる碑
■ 忠魂碑・慰霊碑
○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など
○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)
○ 大津市南部の忠魂碑
民間墓地の戦没者○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。
□ 滋賀県の西南戦争の戦没者
□ 高島市(高島郡)の戦没者
■ 西南戦争(西南之役) 1877年
● 戦病死者名簿
*高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)
■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年
,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)
『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。
■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年
● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)
○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿
○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
□ Aブロック 埋葬者名簿
陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある
□ Bブロック 埋葬者名簿
日清戦争期に戦病死した下士官の墓地
□ Cブロック 埋葬者名簿
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Dブロック 埋葬者名簿(作成中)
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Eブロック 埋葬者名簿
■ 大津市作成の名簿順
■ あいうえお順
日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。
□ Fブロック 埋葬者名簿
明治8年から11年までに病死した下士官と
兵卒の墓碑が37基
□ Kブロック 埋葬者名簿
「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
すべて兵卒の墓碑。
□ Lブロック 埋葬者名簿
「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
合計98基。すべて兵卒の墓碑。
□ Mブロック 埋葬者名簿(作成中)
陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)
□ 西南戦争の戦死者
□ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿
□『大津市志』
□ 滋賀郡膳所町
□ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)











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