お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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300万年の命と温暖化の1年2007/12/10

 琵琶湖の酸欠状態による異変が
くりかえし、報道されています。
琵琶湖で一番深いところは、
100メートルを少し超えるちいさなくぼみ。
それは、竹生島の近くだと聞いています。
最深部といえば、90メートル。
酸欠状態が深まり、その結果なのか、
魚やエビの体の向きに異常がでているそうです。
300万年という悠久の命をもつ琵琶湖が
いい方向にむかっていないことは確かです。
問題は、この状態が今後継続するのか、
それとも、一時的なものですむのかということです。
 岡本巌先生らと取り組んだ「酸素の会」の成果は、
水質維持機能を果たしている
酸素極層の実態を明らかにしたことです。
あらためて、びわこのたくましい生命力と
それを支えるメカニズムのすばらしさを感じたのです。
それが、この一年で失われていくのか。
私には、そう思いたくはないのです。
岡本巌先生は、「そんなに琵琶湖はやわではない」と
ジタバタしがちな私をたしなめられました。
ほんとうにそうであってほしいと願います。

ネコはコタツで・・・・!2007/12/10

ネコはコタツで」といえば、
「まるくなる」とつづくのが普通。
実際、しばらくは気持ちよさそうにしていました。
ホームコタツ状態にしてから数日後、
それが起こりました。

例によって、モー♂ネコが、オ○○コをしたのです。
するかなぁと思っていましたけれど、
対策が浮かびません。
モー自身が「まるくなる」ところだから、
しないだろと思ったのが、
甘かったです。
掛け布団は、モー♂ネコがするたびに、
とりかえなくてはならないとすれば・・・・。
寒い冬がよけい寒くなりそう。
・・・だけど、憎めないんですねぇ、
このネコ。
ニャーと鳴いていますが、
泣きたいのは、こっちの方です。

上の写真は、当のモー♂ネコですが、
おしおきの写真ではありません。
念のため。

貝合わせ@大津祭り(10月)2007/12/10

貝合わせの遊具でしょうか?
「諸般の事情」で、のんびり外へ出て
写真を撮ることができなくなりました。
ちょうどいい機会ですから、
撮りためた写真を見直しながら、
コメントを書いていくことにしました。

●宵宮にて

山車の上で、町内の人たちが笛やカネ、
太鼓を鳴らしている姿はご紹介しました。
前夜祭にあたる宵宮で撮ったものです。
その夜、13基ある山車をもつ町内では、
お店のなかに展示用の棚をつくり、
見せている場所があります。
その内容はとても興味深いものでした。

●貝合わせ?

上の写真は、まだわかりやすいもの。
これは、「貝合わせ」という遊びの道具ではないでしょうか。
でも、これでどうやって遊ぶのでしょう?
同じ貝どおしを探すのでしょうか、
それとも、絵の内容であわすのでしょうか?
考えてみると、わからないことだらけ。
勝手に「貝合わせ」って決めていますが、
そうではないのかも知れません。
その場できけばよかったですね。

ご存知の方いらっしゃいますか?

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)