お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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桐野夏生 『ローズガーデン』2009/06/17

桐野夏生 『ローズガーデン』
桐野夏生『ローズガーデン』

『ダーク』のヒロイン・村野ミロが、
高校生として登場する。
ミロのライフパズルが埋まっていく・・・。

いろんな登場人物が、
女性であれ、男性であれ、
私自身のなかに、生きて存在しているのを
確認しないわけにはゆかなかった。

そういう旅への誘い。
案内人としての村野ミロ
そして、桐野夏生。

文庫本は、4つの短編からなる。
○ローズガーデン
○漂う魂
○独りにしないで
○愛のトンネル
読みやすくはあった。

冒頭の『ローズガーデン』が
圧倒的な存在感を見せている。

車の下に隠れていたカップル・・・・2009/06/17

車の下に隠れていたカップル・・・・のネコ
井上ひさしさんの『百年戦争』は、
ネコに変身した(させられた)小学生たちの物語。

私にも、そして妹にも、
「食事のあとすぐに、横になると牛になる」
って言われた記憶はあります。
祖母に言われたのか、母にいわれたのか。
いずれにしても記憶にあるのです。

井上ひさしさんは、この言葉を
魔法の言葉として、活用する。

『百年戦争』で、お母さんが間違って、
息子に「ネコになりますよ」っていう。
言われた方は、「いいよ」と居直る。
そして、ネコになり、物語がはじまる・・・。
(ヘビでなくてよかったですね)

この本の表紙はネコ。
内容も知らず、つい買ってしまいました。
まだまだこれから。
最後まで読んでから、
日記を書こうと思います。

ところで、写真のネコ。
街中では、ネコの居場所がどこなのか?
道路を横切る姿はとてもはらはらします。
団地内を歩いているネコに
「写真を撮らせてください」と頼んだら、
さっさと自動車の下に隠れてしまいました。

あいにくこちらはデジタル一眼レフ。
地面に顔をくっつけないと撮れないアングル。
住宅街なので、そういう姿はさらせない。
カメラだけ、地面において、適当に
シャッターを押しました。
ピントと構図はおまかせ。

見てみると、美ネコじゃありませんか。
変身する元の姿はどんなカップル??

C3教室のバッハ2009/06/17

ヴェデルニコフのバッハ・シンフォニア
大学で一番大きな教室のことを
いまでも、まだ覚えている。
それは、後ろにむかって競りあがるC3教室。
正面の黒板の右横に
アップライトピアノが置いてあった。

大学で借りることのできるピアノは2台。
もう1台は正面玄関の二階にあった。
それは、タッチも軽く、甘い音色がした。
C3教室のそれは、薄汚れていたけれど、
まだ硬質の響きをもっていた。

私がピアノをはじめたのは18歳のとき。
受験競争が終わり、入学までの短い期間、
幼稚園児たちと並んで、教室に通った。
練習は近所の家のピアノを借りた。
初歩を終えたあとは、独習するしかなかった。

私は大学のピアノを借りて、練習を続けた。
その日空いていたのはC3教室のピアノ。
正門から遠い教室にたどりついたあと、
情けないほどたどたどしい練習をしていた。

バッハのインベンションとシンフォニア。

私はいつも人のいなくなる時間を選んでいた。
広い教室には人の姿はなかったのだ。
そのとき、すぐ左のドアがゆっくりと開く気配がした。
外国人留学生の部屋に通じるドアが。

私の横に、若いけれど、頭髪の薄くなった
外国人が立っていた。
驚いて練習をやめた私に、
彼は続けるようにいった。
ヘタな私は続けることができない。
名前をたずねると、カルロス。
席を譲られたことを感謝したあと、
カルロスは暗譜で弾ける曲を
指ならしで弾き始めた。

私はじっと耳をすます。

しばらくたったある日。
私が練習をはじめると、
カルロスが楽譜をもってあらわれた。

バッハの半音階的幻想曲とフーガ。

カルロスがペダルを生かして弾くと
感情豊かでロマンチックで響きがした。

私は、バッハを聴くと、いつも、
自分が生まれる前の世界を
思い出すような錯覚に陥る。

このときもそうだった。
そして、ヴェデルニコフのバッハでも。

まもなく、カルロスは日本語の過程を終えて、
大学を出ることとなった。
バルトークのミクロコスモスの楽譜を
私にくれるという約束は残念ながら、
果たされなかった。

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)