
お元気ですか?
大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。
なにをテーマに書こうかと迷いながら
2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。
2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、
気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。
戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。
通信兵だった父や防空監視隊にいた母から
聞かされた話は、
戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない
という思いを強くさせるものでした。
ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、
国家の理屈で議論が進みます。
同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。
しかし、戦争は、最悪の暴力です。
私は草の根の痛み、
どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で
書いていきたいと思っています。
あまり楽しめないブログかも知れませんが、
お気軽に感想やコメントをお寄せください。
『覇王別姫』 ― 2009/09/06
TVでしたが、まともに京劇を見たのは初めてのこと。
主役は、勝者の劉邦ではなく、敗者の項羽と虞美人。
虞を演じる役者の見せ場が多い劇でした。
カミさんは、女性だと信じていた様子。
様式化された演技と結末の見えたストーリー。
違和感を感じさせるほど派手な衣装と化粧。
にもかかわらず、感情移入してしまいました。
それは、描かれた項羽の人間性によるのだと思いました。
自己の力を頼み、、怒りに理性を忘れる姿。
間違いを悟る素直さと
連勝連勝のあと、最初の敗戦で最後を迎える悲劇性。
虞美人への率直な思い。
それに応える虞の賢明さと決意。
主役は、勝者の劉邦ではなく、敗者の項羽と虞美人。
虞を演じる役者の見せ場が多い劇でした。
カミさんは、女性だと信じていた様子。
様式化された演技と結末の見えたストーリー。
違和感を感じさせるほど派手な衣装と化粧。
にもかかわらず、感情移入してしまいました。
それは、描かれた項羽の人間性によるのだと思いました。
自己の力を頼み、、怒りに理性を忘れる姿。
間違いを悟る素直さと
連勝連勝のあと、最初の敗戦で最後を迎える悲劇性。
虞美人への率直な思い。
それに応える虞の賢明さと決意。
ニコール・キッドマン『めぐりあう時間たち』 ― 2009/09/05

ニコール・キッドマン『めぐりあう時間たち』を、シネマで観たのは数年前のことでした。カミさんに連れられて、あたりはずれを気にしながら、席についたことを思い出します。しかし、冒頭のシーンと音楽にすぐ反応し、集中を切らすことなく、見終わりました。
原作は、マイケル・カニンガム。
ステキな音楽は、フィリップ・グラス。
ヴァージニア・ウルフが頭にインプットされた最初のときでした。
もう一度観たいと思っていましたが、「眠かった」というカミさんを誘うわけにもゆかず、DVDでいいかなと思って数年経ちますね。
中古で見つけて買いました。
メイキングなどが入った特典DISCがうれしくて、そちらから観ることにしました。
今、見終わって、こうして日記を書いているのです。
・・・「はまるかも」状態です。
実は、夏の初めに、ヴァージニア・ウルフの小説(翻訳で2冊)を買っていたのです。有吉佐和子『処女連祷』に登場したこともあって、村上春樹の後に、読もうかと思っていたのです。買ったそのときに、何ページか読めばちがっていたのですけれど、棚においてしまい、つい読みそびれていたのです。
そうそう、斉藤美奈子さんの本をパラパラと読んだときに、天童荒太『永遠の仔』や村上春樹『海辺のカフカ』をボロクソにけなしていた箇所に出会いました。私も思わないではない内容でしたけれど、そこまで言うかという思いと同時に、流れに掉さす勇気に感心しました。
今になって思えば、中古で105円でしたから、解毒剤風に買えばよかったかも知れません。
原作は、マイケル・カニンガム。
ステキな音楽は、フィリップ・グラス。
ヴァージニア・ウルフが頭にインプットされた最初のときでした。
もう一度観たいと思っていましたが、「眠かった」というカミさんを誘うわけにもゆかず、DVDでいいかなと思って数年経ちますね。
中古で見つけて買いました。
メイキングなどが入った特典DISCがうれしくて、そちらから観ることにしました。
今、見終わって、こうして日記を書いているのです。
・・・「はまるかも」状態です。
実は、夏の初めに、ヴァージニア・ウルフの小説(翻訳で2冊)を買っていたのです。有吉佐和子『処女連祷』に登場したこともあって、村上春樹の後に、読もうかと思っていたのです。買ったそのときに、何ページか読めばちがっていたのですけれど、棚においてしまい、つい読みそびれていたのです。
そうそう、斉藤美奈子さんの本をパラパラと読んだときに、天童荒太『永遠の仔』や村上春樹『海辺のカフカ』をボロクソにけなしていた箇所に出会いました。私も思わないではない内容でしたけれど、そこまで言うかという思いと同時に、流れに掉さす勇気に感心しました。
今になって思えば、中古で105円でしたから、解毒剤風に買えばよかったかも知れません。
「妻が語る野坂昭如」(NHK福祉ネット) ― 2009/09/04

作家であり、歌手であり、大酒のみの野坂昭如さんが介護を受ける身だとは知りませんでした。奥さんが語る作家と介護の日々は、深刻ななかにも、理性的で、暖かく、チャーミングでした。
そして、考えさせられることが多かったのです。
「火垂の墓」や「戦争童話集」も登場していましたが、戦争の悲惨さを不自由な体のなかで、伝えることで、「終わらない」と言い直した姿が印象的でした。そこには、病があってさらに一歩前進する人間のエネルギーがありました。
写真は、以前にも紹介しましたが、上に挙げた本の表紙です。
そして、考えさせられることが多かったのです。
「火垂の墓」や「戦争童話集」も登場していましたが、戦争の悲惨さを不自由な体のなかで、伝えることで、「終わらない」と言い直した姿が印象的でした。そこには、病があってさらに一歩前進する人間のエネルギーがありました。
写真は、以前にも紹介しましたが、上に挙げた本の表紙です。
『硫黄島からの手紙』 ― 2009/08/29
この映画をBDで見た。
米国人のクリント・イーストウッドがなぜこの映画を製作したのか、という点は、だれもが関心をいだくことである。
だが、この問いかけは、そのまま、なぜ、日本人がつくらなかったのか、に通じている。
実際、イーストウッドも「この映画は、日本人がつくるべきものであった」という主旨のことを言っているが、私の胸に強くささる言葉のひとつとなった。
米国人のクリント・イーストウッドがなぜこの映画を製作したのか、という点は、だれもが関心をいだくことである。
だが、この問いかけは、そのまま、なぜ、日本人がつくらなかったのか、に通じている。
実際、イーストウッドも「この映画は、日本人がつくるべきものであった」という主旨のことを言っているが、私の胸に強くささる言葉のひとつとなった。
《Flags of Our Fathers》 ― 2009/08/15
ブルーレイ盤の映画が1枚2500円と廉価でしたので、2枚買ってきました。クリント・イーストウッド監督が硫黄島の戦いを描いた二部作です。
そのひとつが、《Flags of Our Fathers》
日本語でのタイトルは『父親たちの星条旗』
悲劇的な戦闘シーンだけに終わらない奥深さがありましたね。
そのひとつが、《Flags of Our Fathers》
日本語でのタイトルは『父親たちの星条旗』
悲劇的な戦闘シーンだけに終わらない奥深さがありましたね。
映画『エンゼル・ハート』Angel Heart(1987) ― 2009/06/30
桐野夏生の『メタボラ』をゆっくりと読み続けています。
分厚い単行本の231ページまで来ました。
この小説の設定が、いいんです。
ほんとに、スリリング。
ですからね、読みながら、
いろんなことを思い出すのです。
たとえば、映画『エンゼル・ハート』
マンガの『エンジェル・ハート』ではなくて。
ミッキー・ロークが主演したもの。
話の展開は全然ちがうのですが、
『メタボラ』を読んだことのある人なら、
この二つの類似点がわかるはず。
それは、”私”とはなにか?
という点についてなのです。
この『エンゼル・ハート』あまりに不気味。
ロバート・デニーロが似合いすぎて怖かったです。
血が降るシーンのおぞましさと恐怖。
忘れられるシーンではないと思っていましたが、
『メタボラ』読むまで忘れていました。
分厚い単行本の231ページまで来ました。
この小説の設定が、いいんです。
ほんとに、スリリング。
ですからね、読みながら、
いろんなことを思い出すのです。
たとえば、映画『エンゼル・ハート』
マンガの『エンジェル・ハート』ではなくて。
ミッキー・ロークが主演したもの。
話の展開は全然ちがうのですが、
『メタボラ』を読んだことのある人なら、
この二つの類似点がわかるはず。
それは、”私”とはなにか?
という点についてなのです。
この『エンゼル・ハート』あまりに不気味。
ロバート・デニーロが似合いすぎて怖かったです。
血が降るシーンのおぞましさと恐怖。
忘れられるシーンではないと思っていましたが、
『メタボラ』読むまで忘れていました。
『時計じかけのオレンジ』(A Clockwork Orange) ― 2009/06/24

『時計じかけのオレンジ』(A Clockwork Orange)
アンソニー・バージェス(Anthony Burgess)の原作を、
スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)が監督。
タイトルは、聞いた者、目にする者に「?」を突きつける。
A Clockwork Orange・・・時計のように動くオレンジ。
とりあえず、映画を見たあとでも、「?」は消えない。
みずみずしい果実と無機的な時計。
成り立ちようのない統一物が突きつけられる。
全体主義と個人の自由。
秩序と暴力。
作家や監督が意図したかどうかは別にして、
暴力事件を誘発したことは事実。
道化芝居をおもわせる過剰なポーズ、
激しい嫌悪感を引き起こす暴力。
英語とロシア語が混じる奇妙な言語。
私は、クラクラしながらも、なにかを
読み取ろうとする。
戦争のなかでの狂気として描かれてはいない。
日常生活での狂気と暴力・・・・
説明されない暴力、見る者の意識と媒介されない
そこにあるがままの暴力。
私は、この作品を消化できないでいる・・・。
原作は、1962年発表。映画は、1971年公開。
アンソニー・バージェスは、1993年に76歳で死亡。
スタンリー・キューブリックは、1999年に70歳で死亡。
キュービックは『2001年宇宙の旅』の監督でもある。
・・・この”2001年”には、米ソ対立が色濃く反映。
「2010年」も同様。しかし、世界は大きく変わっている。
世界の主役も、立ち向かうべき中心課題も。
アンソニー・バージェス(Anthony Burgess)の原作を、
スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)が監督。
タイトルは、聞いた者、目にする者に「?」を突きつける。
A Clockwork Orange・・・時計のように動くオレンジ。
とりあえず、映画を見たあとでも、「?」は消えない。
みずみずしい果実と無機的な時計。
成り立ちようのない統一物が突きつけられる。
全体主義と個人の自由。
秩序と暴力。
作家や監督が意図したかどうかは別にして、
暴力事件を誘発したことは事実。
道化芝居をおもわせる過剰なポーズ、
激しい嫌悪感を引き起こす暴力。
英語とロシア語が混じる奇妙な言語。
私は、クラクラしながらも、なにかを
読み取ろうとする。
戦争のなかでの狂気として描かれてはいない。
日常生活での狂気と暴力・・・・
説明されない暴力、見る者の意識と媒介されない
そこにあるがままの暴力。
私は、この作品を消化できないでいる・・・。
原作は、1962年発表。映画は、1971年公開。
アンソニー・バージェスは、1993年に76歳で死亡。
スタンリー・キューブリックは、1999年に70歳で死亡。
キュービックは『2001年宇宙の旅』の監督でもある。
・・・この”2001年”には、米ソ対立が色濃く反映。
「2010年」も同様。しかし、世界は大きく変わっている。
世界の主役も、立ち向かうべき中心課題も。
『鶴彬 こころの軌跡』(神山征二郎監督) ― 2009/05/31

5月30日、『鶴彬 こころの軌跡』を見ました。
鶴彬(つる あきら 1909-1938)の生誕100周年記念行事
ということでしたね。
会場は予想以上の集まりで、イスが新たに出されるほどでした。
上の写真は、開演前の主催者あいさつにたつ川端俊英さんです。
ケータイなのでピンポケです。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
昨晩遅く、この映画の感想をブログで書きました。
いえいえ、書いたつもりでした。
そして、「公開」ボタンをクリックしたら、ネットエラー。
原稿は、ネットの闇に消えていきました。
私は仕方なく、手を振りました。
それで今日、気分をかえて書くことにしました。
重いテーマなので、息継ぎが必要です。
さてさて、鶴彬の生涯はつぎのようなものです。
映画はこれをほぼ忠実になぞります。
反戦思想が犯罪とされた時代、
体制にそむくことが死罪に値するとされた時代に
鶴彬は生まれる。
1歳のときに養子にだされ、優秀な成績ながら、
師範学校への進学が許されず、家業を手伝う。
そのなかで、理不尽な社会とその本質に目覚め、
川柳を武器に立ち向かうことを決意する。
普通に生きることさえ困難な大不況期に、
憲兵に追いかけられ、居を転々とする鶴彬。
餓えに苦しみ、発表の場さえ奪われる。
・・・そして逮捕、投獄、赤痢に感染。
ようやく病院に移されるが、捕縛されたまま
病床に放置され29歳で獄死。
このように見ていけば、
あまりに無惨な一生といえますが、
心が試されるギリギリのところで、
自分を貫いたことが本物の証でなくてなんでしょうか。
鶴彬が、命と引き替えに残した川柳は、
今読んでも戦慄が走るほど、鋭く時代の本質を射貫いていました。
まるで、ゴヤの晩年の作品のようです。
「教育勅語」や欺瞞で磨き上げた体制の嘘を、
これらの川柳は、わずか一言で砕いていくことでしょう。
そんな偉大な才能ゆえに、犠牲をいとうことができなかった
書き続けることを止めることができなかった、
・・・そんな気がするのです。
しかし川柳を怖れなければならないような
時代を造ったのはだれか、
この偉大な才能を殺したのはだれか。
鶴彬を評価するとともに、この問いかけも
忘れてはならないのです。
さてさて、いまは21世紀。
この時代に彼が生きていたら、どうでしょうか。
あなたは、その川柳を怖れる側にいますか、
それとも、その川柳に励まされる側にいますか。
鶴彬(つる あきら 1909-1938)の生誕100周年記念行事
ということでしたね。
会場は予想以上の集まりで、イスが新たに出されるほどでした。
上の写真は、開演前の主催者あいさつにたつ川端俊英さんです。
ケータイなのでピンポケです。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
昨晩遅く、この映画の感想をブログで書きました。
いえいえ、書いたつもりでした。
そして、「公開」ボタンをクリックしたら、ネットエラー。
原稿は、ネットの闇に消えていきました。
私は仕方なく、手を振りました。
それで今日、気分をかえて書くことにしました。
重いテーマなので、息継ぎが必要です。
さてさて、鶴彬の生涯はつぎのようなものです。
映画はこれをほぼ忠実になぞります。
反戦思想が犯罪とされた時代、
体制にそむくことが死罪に値するとされた時代に
鶴彬は生まれる。
1歳のときに養子にだされ、優秀な成績ながら、
師範学校への進学が許されず、家業を手伝う。
そのなかで、理不尽な社会とその本質に目覚め、
川柳を武器に立ち向かうことを決意する。
普通に生きることさえ困難な大不況期に、
憲兵に追いかけられ、居を転々とする鶴彬。
餓えに苦しみ、発表の場さえ奪われる。
・・・そして逮捕、投獄、赤痢に感染。
ようやく病院に移されるが、捕縛されたまま
病床に放置され29歳で獄死。
このように見ていけば、
あまりに無惨な一生といえますが、
心が試されるギリギリのところで、
自分を貫いたことが本物の証でなくてなんでしょうか。
鶴彬が、命と引き替えに残した川柳は、
今読んでも戦慄が走るほど、鋭く時代の本質を射貫いていました。
『万歳とあげて行った手を大陸へおいてきた』
『手と足をもいだ丸太にしてかえし』
『胎内の動き知るころ骨がつき』
まるで、ゴヤの晩年の作品のようです。
「教育勅語」や欺瞞で磨き上げた体制の嘘を、
これらの川柳は、わずか一言で砕いていくことでしょう。
そんな偉大な才能ゆえに、犠牲をいとうことができなかった
書き続けることを止めることができなかった、
・・・そんな気がするのです。
しかし川柳を怖れなければならないような
時代を造ったのはだれか、
この偉大な才能を殺したのはだれか。
鶴彬を評価するとともに、この問いかけも
忘れてはならないのです。
さてさて、いまは21世紀。
この時代に彼が生きていたら、どうでしょうか。
あなたは、その川柳を怖れる側にいますか、
それとも、その川柳に励まされる側にいますか。
神山征二郎監督『鶴彬 こころの軌跡』 ― 2009/05/24
先日、ブログで、
反戦を貫いて獄死した川柳作家
鶴彬(つるあきら)さんに触れました。
大津市で神山征二郎監督の
『鶴彬 こころの軌跡』という映画の
上映会があるそうです。
公式サイトはこちら
反戦を貫いて獄死した川柳作家
鶴彬(つるあきら)さんに触れました。
大津市で神山征二郎監督の
『鶴彬 こころの軌跡』という映画の
上映会があるそうです。
と き 5月30日(土) 午後3時から4時40分
ところ 明日都浜大津4F 大津市ふれあいプラザ・ホール
上映協力券 一般1000円・学生500円
連絡先=主催 治安維持法国賠同盟滋賀県本部
077-524-6860
公式サイトはこちら
監督:小林茂 『わたしの季節』(2004) ― 2009/05/11
月曜日の夜。会議を終えて帰宅。
リビングには珍しくカミさん一人。
いつも眠そうなのに今日は元気で、
しかも、気分もよさそうに見えました。
(実は、おくたびれだったのですが)
私が、味噌汁やおかずの残り暖め、
夕食を食べようとしていたとき
カミさんは、やるべき用事を終えて
(ファックス送信を終えて)
ほっとした様子でした。
「『めがね』を見ない?」
と私は、たずねました。
というのも、カミさんは先日、
この映画のDVD特典版を
買ったばかりでしたから。
「あ、映画を見るつりもなの!
じゃあ、こっちにしよう!
そして、ついでにね・・・。」
といいながら取り出したのが、
『わたしの季節』でした。
それは、重症心身障害児(者)施設
「びわこ学園」の日常を追跡したフィルムでした。
ストーリーもナレーションもありません。
そのまま見続けて、107分が過ぎました。
つまり、余計な解説を必要としない
静かだけれど、迫力のある映像でした。
ついでのことですが、
私が、カミさんの肩を
もみ続けた時間も107分。
映画を見るより、こっちがねらい?
リビングには珍しくカミさん一人。
いつも眠そうなのに今日は元気で、
しかも、気分もよさそうに見えました。
(実は、おくたびれだったのですが)
私が、味噌汁やおかずの残り暖め、
夕食を食べようとしていたとき
カミさんは、やるべき用事を終えて
(ファックス送信を終えて)
ほっとした様子でした。
「『めがね』を見ない?」
と私は、たずねました。
というのも、カミさんは先日、
この映画のDVD特典版を
買ったばかりでしたから。
「あ、映画を見るつりもなの!
じゃあ、こっちにしよう!
そして、ついでにね・・・。」
といいながら取り出したのが、
『わたしの季節』でした。
それは、重症心身障害児(者)施設
「びわこ学園」の日常を追跡したフィルムでした。
ストーリーもナレーションもありません。
そのまま見続けて、107分が過ぎました。
つまり、余計な解説を必要としない
静かだけれど、迫力のある映像でした。
ついでのことですが、
私が、カミさんの肩を
もみ続けた時間も107分。
映画を見るより、こっちがねらい?

西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。
戦争にかかわる碑
■ 忠魂碑・慰霊碑
○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など
○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)
○ 大津市南部の忠魂碑
民間墓地の戦没者○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。
□ 滋賀県の西南戦争の戦没者
□ 高島市(高島郡)の戦没者
■ 西南戦争(西南之役) 1877年
● 戦病死者名簿
*高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)
■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年
,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)
『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。
■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年
● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)
○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿
○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
□ Aブロック 埋葬者名簿
陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある
□ Bブロック 埋葬者名簿
日清戦争期に戦病死した下士官の墓地
□ Cブロック 埋葬者名簿
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Dブロック 埋葬者名簿(作成中)
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Eブロック 埋葬者名簿
■ 大津市作成の名簿順
■ あいうえお順
日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。
□ Fブロック 埋葬者名簿
明治8年から11年までに病死した下士官と
兵卒の墓碑が37基
□ Kブロック 埋葬者名簿
「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
すべて兵卒の墓碑。
□ Lブロック 埋葬者名簿
「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
合計98基。すべて兵卒の墓碑。
□ Mブロック 埋葬者名簿(作成中)
陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)
□ 西南戦争の戦死者
□ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿
□『大津市志』
□ 滋賀郡膳所町
□ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)
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