お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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いただいたザクロですが2011/10/14

いただいたザクロ
ザクロを事務所にMさんがお土産にもってきてくれました。自宅にあるものだそうです。・・・しかし、いくつ粒か口にいれましたが、果肉が少ないです。
「ザクロって観賞用みたいね」「ザクロの飲み物が高いわけだ、果肉がないもん」という声が聞こえてきます。

カエデの実?2010/11/18

カエデの実でしたっけ?
完全武装の実を見つけました。
小さいのに威張っているようで
ユーモラス。
少し長く伸びた影は
自分を大きく見せる仕掛け(笑)?

自分を守るには、武力よりも、
道理にたった外交が大切。
必要もないのに隠したり、
二つのフレーズを繰り返せば
すむとは思いません。

実に向かって語る言葉ではありませんが・・・。

このキノコは食べられる?2010/09/28

キタローの親父をみつけましたね、キノコですが
シダ類が生い茂るなかで、

キノコがわずかに顔をのぞかせた。

目玉のような形に、

声優の声が聞こえる、キタロー!って。

そういえば、『ゲゲゲの女房』は、人気です。

我が家にも一冊。

『滋賀の巨木めぐり』写真展で砲弾型墓碑を見つける2009/11/30

 大津パルコの紀伊國屋書店で『滋賀の巨木めぐり』という本のキャンペーン。郷土本コーナーの一角で、本に掲載されている巨木の写真展をしています。もちろん、すべてではなく十数本。
 思わず、見とれました。それに、油日神社にある木など、何本かは見たことがあるし、ブログでも写真を載せています。なつかしい・・・。
 仕事の領域でもある高島市の巨木もいくつかありました。
そのうちの1本は、とても有名。よく見ると、墓地の中に立っています。木から墓地に目を移して、ハッとしました。そういう反応をするのは、たぶん、私一人なんでしょうけれど(笑)、まだ見ていない砲弾型の墓碑が2柱写っているのです。おお~!発見だ。
 そういえば、この場所はまだ行っていませんでした。。機会を見つけて、見学しに行こうと思います。

この実は、なんの実なんだろう?2009/10/29

この実は、なんの実なんだろう?
板塀のまえに、つるから尖った長い実がたれている植物が植えられていた。実ったあとでようやく気がつく場合がほとんどの私。この段階で当てるのは無理。でも、想像してみようと思うのだけれど、マメ科のものかな?ひょうたんとかの可能性はないのだろうか。キュウリではないだろうし・・・。
 あ、もしかして糸瓜かな。

まだ黄緑ですね、イチョウの街路樹2009/10/27

イチョウの街路樹
一日中、会議がある日は、
お昼休みに歩くことにしています。
今日は、膳所公園まで歩きました。

その途中にあるイチョウの大木。
この木のために
川沿いの街路が曲がっています。

完全に黄色になるには、
まだ少し時間がありますね。
先日食べた銀杏の味が忘れられず、
足元を探しましたが・・・・。

ドングリも季節も過ぎて2009/10/25

ドングリの実と殻
どんぐりの木を見つけました。
地面には、ドングリの殻が
多数落ちています。
たっぷり太った実もありましたけれど、
殻のほうが目立ちました。

私が忙しくしていた9月下旬からの一ヶ月。
周囲を見渡す余裕がないままに、
季節が過ぎてしまったのでしょうね。
大津祭りも見ることができませんでした。
今年の秋を返して欲しい・・・。

鍛え抜かれた木肌2009/10/24

鍛え抜かれた(?)木肌
琵琶湖の西岸。高島市の新旭。安曇川が運んだ砂がつくりだした広大な土地に農地が広がる。砂浜は長く延びて、ところどころに木が見える。平然と孤立して立つ木々。その肌はむき出しで鍛え抜かれた筋肉のようだ。
琵琶湖岸の木

もうすぐ食べられる季節に イチジク2009/07/17

イチジクの季節がもうすぐやってくる
街なかに残っている農耕地で、イチジクを見つけた。そういえば、もうすぐ8月。熟すのが楽しみ。

雨に濡れて2009/07/12

新緑の美しさは雨に濡れるといっそう引き立ちます
新緑は美しく、
雨に濡れると、
つくりもののような気さえする。

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)