お元気ですか?
大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。
なにをテーマに書こうかと迷いながら
2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。
2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、
気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。
戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。
通信兵だった父や防空監視隊にいた母から
聞かされた話は、
戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない
という思いを強くさせるものでした。
ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、
国家の理屈で議論が進みます。
同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。
しかし、戦争は、最悪の暴力です。
私は草の根の痛み、
どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で
書いていきたいと思っています。
あまり楽しめないブログかも知れませんが、
お気軽に感想やコメントをお寄せください。
どっちの耐震化が優先か? ― 2007/01/12
●上の写真は、現在の大津市役所。
大津市では、庁舎の新築立替を進めようという計画があります。
もちろん、地震に強い庁舎は必要です。
しかし、財政難な時期であり、耐震補強ですむならすませて、
より緊急の学校施設の耐震化を進めるべきだという
私は、思います。
***********
1月11日の報道から
滋賀・大津市 耐震補強2年で一気
避難…小中学校の体育館
近畿以西で最も危険度が高いとされる琵琶湖西岸断層帯は、地震発生の際には避難場所となる私立の全小、中学校55校の体育館のうち、耐震性に問題があるとされた27校分について、平成19年~20年度の2年間ですべて補強工事を行うことを決めた。来年度は14校分の計約1億5500万円を当初予算案に計上する。自治体が地震などに備え、学校の耐震工事を一気に進めるのは全国的にも珍しいという。
市は平成15年度から、昭和56年の新耐震基準法施行前に建設された小、中学校の耐震調査を実施。国が定めた耐震基準を下回っている体育館は小学校で20校、中学校で7校あった。来年度は、そのうち小学校10校、中学校4校について、地震の横揺れにも耐えられるように体育館の壁や屋根を鉄骨で補強する。
琵琶湖西岸断層帯は県西部を帯状に南北に連なる9つの断層で構成されており、全長59キロ。30年以内にマグニチュード(M)7.8級の地震が発生する確率は最大9%と予測されており、その場合、大津市は最大で震度7の揺れに見舞われるおそれがあるという。
このため市教委は、災害発生時に地域住民の避難場所となる体育館の耐震改修は命に関る緊急性の高い課題であり、教育現場の安全性という面からも耐震化は不可欠として、一気に補強工事を進めることにした。
目片信市長も厳しい財政事情の中、市役所の建て替えよりも小、中学校の耐震化を優先する意向を示しており「どこへ避難すれば安全かという市民の不安を解消したい。他の事業予算は削っても補強工事費を削るつもりはない」と話している。
産経新聞
大津市では、庁舎の新築立替を進めようという計画があります。
もちろん、地震に強い庁舎は必要です。
しかし、財政難な時期であり、耐震補強ですむならすませて、
より緊急の学校施設の耐震化を進めるべきだという
私は、思います。
***********
1月11日の報道から
滋賀・大津市 耐震補強2年で一気
避難…小中学校の体育館
近畿以西で最も危険度が高いとされる琵琶湖西岸断層帯は、地震発生の際には避難場所となる私立の全小、中学校55校の体育館のうち、耐震性に問題があるとされた27校分について、平成19年~20年度の2年間ですべて補強工事を行うことを決めた。来年度は14校分の計約1億5500万円を当初予算案に計上する。自治体が地震などに備え、学校の耐震工事を一気に進めるのは全国的にも珍しいという。
市は平成15年度から、昭和56年の新耐震基準法施行前に建設された小、中学校の耐震調査を実施。国が定めた耐震基準を下回っている体育館は小学校で20校、中学校で7校あった。来年度は、そのうち小学校10校、中学校4校について、地震の横揺れにも耐えられるように体育館の壁や屋根を鉄骨で補強する。
琵琶湖西岸断層帯は県西部を帯状に南北に連なる9つの断層で構成されており、全長59キロ。30年以内にマグニチュード(M)7.8級の地震が発生する確率は最大9%と予測されており、その場合、大津市は最大で震度7の揺れに見舞われるおそれがあるという。
このため市教委は、災害発生時に地域住民の避難場所となる体育館の耐震改修は命に関る緊急性の高い課題であり、教育現場の安全性という面からも耐震化は不可欠として、一気に補強工事を進めることにした。
目片信市長も厳しい財政事情の中、市役所の建て替えよりも小、中学校の耐震化を優先する意向を示しており「どこへ避難すれば安全かという市民の不安を解消したい。他の事業予算は削っても補強工事費を削るつもりはない」と話している。
産経新聞
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西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。
戦争にかかわる碑
■ 忠魂碑・慰霊碑
○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など
○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)
○ 大津市南部の忠魂碑
民間墓地の戦没者○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。
□ 滋賀県の西南戦争の戦没者
□ 高島市(高島郡)の戦没者
■ 西南戦争(西南之役) 1877年
● 戦病死者名簿
*高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)
■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年
,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)
『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。
■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年
● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)
○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿
○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
□ Aブロック 埋葬者名簿
陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある
□ Bブロック 埋葬者名簿
日清戦争期に戦病死した下士官の墓地
□ Cブロック 埋葬者名簿
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Dブロック 埋葬者名簿(作成中)
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Eブロック 埋葬者名簿
■ 大津市作成の名簿順
■ あいうえお順
日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。
□ Fブロック 埋葬者名簿
明治8年から11年までに病死した下士官と
兵卒の墓碑が37基
□ Kブロック 埋葬者名簿
「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
すべて兵卒の墓碑。
□ Lブロック 埋葬者名簿
「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
合計98基。すべて兵卒の墓碑。
□ Mブロック 埋葬者名簿(作成中)
陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)
□ 西南戦争の戦死者
□ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿
□『大津市志』
□ 滋賀郡膳所町
□ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)
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