お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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崩れる地域 : ダイエーの撤退④2007/06/16

ダイエー堅田店がもつ巨大な駐車場は、
18ミリのレンズでも全体を写すには、
そうとう後ろに下がらなければなりません。

道路をはさんでオープンしているお店の
駐車場まで入って撮りました。

それがいま閉ざされたまま。

Гендельってだれ?どの有名作曲家だっけ?2007/06/16

CDは、安価という理由で、タワーレコードで
輸入版を買うことが多いのです。

その場合でも、たいていは、ジャケットは英語表記です。
たまに、ロシア語もありますけれど。

英語表記になれすぎていて、
ロシア語で解説が書かれている場合、違和感があります。
まあ、なれですが。
リヒテルのロシア語サイトは、本がまるごと転載されています。
著作権はどうなっているんだと思うのですが、
まあ、それはいいことにして、

В. Дельсон. Святослав Рихтер
つまり、ヴェ・デリソンの「スビャトスラフ・リヒテル」という著作の
以下の部分を読んでいたのです。

Рихтер - неизменный и настойчивый сторонник расширения пианистического репертуара, в частности, расширения егo за счет музыки добетховенского периода.

「リヒテルは、ピアノのレパートリーを一貫して、粘り強く広げること、とりわけ、ベートーヴェン以前の時代の音楽に広げることを主張してきた。」

まあ、訳せばこんな感じ。

"Следовало бы гораздо больше исполнять классическую музыку добетховенского периода - Баха, Генделя, Моцарта, Гайдна и т. д.; на мой взгляд, стоило бы предоставить ей по меньшей мере треть всего нашего репертуара.

「ベートーヴェン以前の時代の古典音楽、・・・をはるかに多く演奏されるべきであり、私の考えでは」

と読み飛ばしてきて、・・・の部分にとまどいがありました。
固有名詞だから、語学力がいるわけではありません。
あれっと思いながら、考えるとわかります。
しかし、見慣れないと変ですね。
音からして変ですから。

①Бах        ⇒バッハ  まあ、ロシア語読みすればよし。
②Гендель  ⇒ヘンデル これに困りました。
                     Hに相当するものがロシア語には
                     ないんですね。だから、HがG(г)に
                     なって、ゲンデリ=ヘンデル
③ Моцарт   ⇒モーツァルト 字面も似てますね。
④Гайдн     ⇒ヘンデルの応用編。
               ガイドン=ハイドンですね。

ご自分でお読みになる方は、以下のページへ。
http://www.sviatoslavrichter.ru/books/Delson/10.php

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)