お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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桐野夏生『メタボラ』をようやく読み終える2009/07/12

桐野夏生『メタボラ』 この表紙はなにを表すのだろう
桐野夏生の作品は、
数冊しか読んでいないのだが、
どれも、気軽に読めたためしはない。

そのボリュームを考慮すれば、
読み終えるまでにかかった日数は、
『メタボラ』が一番長い気がする。

それだけ、気が重い内容だった。
同時に読み始めた本は、
どれも、とっくに読み終えたのに、
これが一番最後になってしまった。

『1Q84』も『メタボラ』も、
読み続けるよう促す強い力を持っている。
『1Q84』は白い力で背中を押し、
『メタボラ』は黒い力で背中を押す。

『メタボラ』の感想・・・。

自らの行き場をうしない、
他人も家族も苦しめ、はては崩壊してゆき、
死に救いをもとめる人々。
それらを嫌悪し、生存のチャンスを求めながら、
這い上がる展望も気力も奪われる生存競争の日々。
リストラ、ニート、派遣、請負、自殺と殺人。
暴力と虐待・・・われわれはいま戦場にいる。
1990年代後半以降、世界は変わった。
容易に希望が語れない時代に。
希望を語ることが軽薄にさえ思える時代に。

では、どうすればいいのか。
どこに救いはあるのか。

この小説は救いを提示する気が
当初からないようにさえ感じられる。
そこが、私には、魅力でもある。

下町の風景から2009/07/12

下町の風景から
人がいてこその街。

路地を歩く後姿が

どこかノスタルジックで、

印象的でした。

路地は生活の一部2009/07/12

路地裏は家の一部
路地裏は、

道でもあるし、庭でもある。

生活に必要なものが

遠慮なく並んでいる。

路地の奥に線路が走る2009/07/12

路地の奥は金網。そこから外を眺める高齢者の姿がありました
路地の奥は行き止まり。
線路に通じる金網が
張られています。

ふとみると、そこに
車椅子の高齢者の姿。

外界を見ることができる
窓がそこに開いているのでしょうか。

遠くには、巨大なアミューズメント施設が
浮かび上がっています。

一日家にいればアクビもでるさ2009/07/12

一日家にいればアクビもでるさ
モー♂ネコの
無邪気なアクビ。

ネコはとても表情が豊か。

カメラのピント合わせ用の光が嫌いで、
いい表情をしてくれないのが残念。

動物写真は、目が勝負なのに、
目を開けた写真を撮るのがむつかしい。

雨に濡れて2009/07/12

新緑の美しさは雨に濡れるといっそう引き立ちます
新緑は美しく、
雨に濡れると、
つくりもののような気さえする。

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)