お元気ですか?
大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。
なにをテーマに書こうかと迷いながら
2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。
2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、
気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。
戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。
通信兵だった父や防空監視隊にいた母から
聞かされた話は、
戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない
という思いを強くさせるものでした。
ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、
国家の理屈で議論が進みます。
同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。
しかし、戦争は、最悪の暴力です。
私は草の根の痛み、
どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で
書いていきたいと思っています。
あまり楽しめないブログかも知れませんが、
お気軽に感想やコメントをお寄せください。
ワンコ>ニャンコ ― 2011/09/04
カミさんが、言いました。
「ネコより、犬の方がコミュニケーション能力があるね」
私は、正直に応えました。
「そうかなぁ」
カミさんの意見では、
「だって、ネコってアイコンタクトをしないし」
「ワンコはちゃんと言うことをきくし」
私は「それがなんだっていうんだ」と思いました。
毎朝を振り返って、
最近、変に思っていることがあります。
それは、室内のケージに
閉じこめているはずのワンコが
猛烈な勢いで、3階の寝室に飛び込んできて
私を起こしにくることです。
自動的にそうなるはずがない・・・。
そういえば、二階でカミさんが
なんか叫んだあと、
ワンコが突進してきます。
う~ん、それってコミュニケーション能力?
言うことをきく?
「ネコより、犬の方がコミュニケーション能力があるね」
私は、正直に応えました。
「そうかなぁ」
カミさんの意見では、
「だって、ネコってアイコンタクトをしないし」
「ワンコはちゃんと言うことをきくし」
私は「それがなんだっていうんだ」と思いました。
毎朝を振り返って、
最近、変に思っていることがあります。
それは、室内のケージに
閉じこめているはずのワンコが
猛烈な勢いで、3階の寝室に飛び込んできて
私を起こしにくることです。
自動的にそうなるはずがない・・・。
そういえば、二階でカミさんが
なんか叫んだあと、
ワンコが突進してきます。
う~ん、それってコミュニケーション能力?
言うことをきく?
望まないことを望むことにかえるシステム ― 2011/09/04
先日、思い切って昼休みを延長しました。
そして、ひたすら歩きました・・・ふつうの靴で。
かなり長距離を一生懸命。
目的はダイエット。上の写真はその副産物。
気をよくして、つぎの日も。
しかし、三日目の朝・・・左足首が痛い。
望んだウォーキングが
望まないリタイヤの原因になりました。
カミさんとQooが笑ったことはいうまでもありません。
戦争を望まないのに徴兵され、
そこで望まない戦死を遂げる。
恨みを残していいはずなのに、
死んだ後は、天まで持ち上げられ、
新たな死を鼓舞する役割をはたす。
戦争を望まないはずの普通の人たちが、
戦いへ戦いへと突き進む。
その魔術のようなシステムは、
どうして創られていったのか。
私が見つめようとしているのはこの点です。
原発も同じ。
普通の人たちが望まないはずの原発再開。
ところがメール投票をすれば、
再開賛成が多数を占める。
繰り返し行われてきた奇術の裏側が
少しだけ明るみにでたに過ぎません。
そして、ひたすら歩きました・・・ふつうの靴で。
かなり長距離を一生懸命。
目的はダイエット。上の写真はその副産物。
気をよくして、つぎの日も。
しかし、三日目の朝・・・左足首が痛い。
望んだウォーキングが
望まないリタイヤの原因になりました。
カミさんとQooが笑ったことはいうまでもありません。
戦争を望まないのに徴兵され、
そこで望まない戦死を遂げる。
恨みを残していいはずなのに、
死んだ後は、天まで持ち上げられ、
新たな死を鼓舞する役割をはたす。
戦争を望まないはずの普通の人たちが、
戦いへ戦いへと突き進む。
その魔術のようなシステムは、
どうして創られていったのか。
私が見つめようとしているのはこの点です。
原発も同じ。
普通の人たちが望まないはずの原発再開。
ところがメール投票をすれば、
再開賛成が多数を占める。
繰り返し行われてきた奇術の裏側が
少しだけ明るみにでたに過ぎません。
a hardworking loach,bottom-feeding yet resilient fish ― 2011/09/04
上のフレーズは、The New York Times の記事の一部です。
その直前には次の語句がありました。
he compared himself to
つまり、「自分自身をたとえた」内容が
上のタイトルというわけです。
これを読んだNewYorkder も悩むでしょうけれど、
私もイメージするのに苦しみました。
無知なせいかも知れませんが、
これを用いた人が念頭においたはずの
魚の肯定的なイメージを
私は共有していません。
しかしまあ、「泥鰌」はよいとしても、
loach が英語圏のなかで、
prime minister をアピールするのに
適切な fish なのでしょうか?
私では判断がつきかねます。
ともあれ
The New York Timese には
上記の部分が堂々と掲載されていました。
幸か不幸か。
余計なことですが、「泥鰌」を和英辞典でひくと
つぎのことわざがでてきました。
Good luck doesn't repeat itself.
チャンスは一度という意味です。
その直前には次の語句がありました。
he compared himself to
つまり、「自分自身をたとえた」内容が
上のタイトルというわけです。
これを読んだNewYorkder も悩むでしょうけれど、
私もイメージするのに苦しみました。
無知なせいかも知れませんが、
これを用いた人が念頭においたはずの
魚の肯定的なイメージを
私は共有していません。
しかしまあ、「泥鰌」はよいとしても、
loach が英語圏のなかで、
prime minister をアピールするのに
適切な fish なのでしょうか?
私では判断がつきかねます。
ともあれ
The New York Timese には
上記の部分が堂々と掲載されていました。
幸か不幸か。
余計なことですが、「泥鰌」を和英辞典でひくと
つぎのことわざがでてきました。
Good luck doesn't repeat itself.
チャンスは一度という意味です。
西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。
戦争にかかわる碑
■ 忠魂碑・慰霊碑
○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など
○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)
○ 大津市南部の忠魂碑
民間墓地の戦没者○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。
□ 滋賀県の西南戦争の戦没者
□ 高島市(高島郡)の戦没者
■ 西南戦争(西南之役) 1877年
● 戦病死者名簿
*高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)
■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年
,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)
『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。
■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年
● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)
○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿
○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
□ Aブロック 埋葬者名簿
陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある
□ Bブロック 埋葬者名簿
日清戦争期に戦病死した下士官の墓地
□ Cブロック 埋葬者名簿
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Dブロック 埋葬者名簿(作成中)
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Eブロック 埋葬者名簿
■ 大津市作成の名簿順
■ あいうえお順
日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。
□ Fブロック 埋葬者名簿
明治8年から11年までに病死した下士官と
兵卒の墓碑が37基
□ Kブロック 埋葬者名簿
「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
すべて兵卒の墓碑。
□ Lブロック 埋葬者名簿
「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
合計98基。すべて兵卒の墓碑。
□ Mブロック 埋葬者名簿(作成中)
陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)
□ 西南戦争の戦死者
□ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿
□『大津市志』
□ 滋賀郡膳所町
□ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)
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