
お元気ですか?
大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。
なにをテーマに書こうかと迷いながら
8年前に『この記なんの記』ブログをはじめました。
2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、
気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。
戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。通信兵だった父や防空監視隊にいた母から聞かされた話は、戦争は二度とあってはならないという思いを強くさせるものでした。ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、国家の理屈で議論が進みます。同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。戦争は、最悪の暴力。私は草の根の痛み、どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で書いていきたいと思っています。
あまり楽しめないブログかも知れませんが、
お気軽に感想やコメントをお寄せください。
《Я спросил у ясеня》 ― 2012/01/26
国民的なお正月映画《Ирония судьбы или С лёгким паром》(1975)。そこに出てくる曲・・・らしいです。歌をユーチューブで見つけて、歌詞を探しました。ここから映画の内容はなかなか見えてきませんでした。仕方なく、映画で検索して、だいたいのことはわかりました。同じフレーズ(Я спросил у ○○○ Где моя любимая)が執拗にくり返されます。そのメンタリティがロシア的?
Я спросил у ясеня
Где моя любимая
Ясень не ответил мне
Качая головой
Я спросил у тополя
Где моя любимая
Тополь забросал меня
Осеннею листвой
Я спросил у осени
Где моя любимая
Осень мне ответила
Проливным дождем
У дождя я спрашивал
Где моя любимая
Долго дождик слезы лил
За моим окном
Я спросил у месяца
Где моя любимая
Месяц скрылся в облаке
Не ответил мне
Я спросил у облака
Где моя любимая
Облако растаяло
В небесной синеве
Друг ты мой единственный
Где моя любимая
Ты скажи где скрылася
Знаешь где она
Друг ответил преданный
Друг ответил искренний
Была тебе любимая
Была тебе любимая
Была тебе любимая
А стала мне жена
Я спросил у ясеня
Я спросил у тополя
Я спросил у осени...
*
Я спросил у ангела,
Я спросил у демона,
Я спросил у ясеня...
Я спросил у ясеня
Где моя любимая
Ясень не ответил мне
Качая головой
Я спросил у тополя
Где моя любимая
Тополь забросал меня
Осеннею листвой
Я спросил у осени
Где моя любимая
Осень мне ответила
Проливным дождем
У дождя я спрашивал
Где моя любимая
Долго дождик слезы лил
За моим окном
Я спросил у месяца
Где моя любимая
Месяц скрылся в облаке
Не ответил мне
Я спросил у облака
Где моя любимая
Облако растаяло
В небесной синеве
Друг ты мой единственный
Где моя любимая
Ты скажи где скрылася
Знаешь где она
Друг ответил преданный
Друг ответил искренний
Была тебе любимая
Была тебе любимая
Была тебе любимая
А стала мне жена
Я спросил у ясеня
Я спросил у тополя
Я спросил у осени...
*
Я спросил у ангела,
Я спросил у демона,
Я спросил у ясеня...
高村薫 『マークスの山』 ― 2011/12/12
ブログを書かない生活は、ある意味気楽なものでした。リアルの生活の充実ぶりに満足していたこともありますし、ゆとりがなかったこともあります。
・・・いずれにしても、ブログからは、平穏に遠ざかっていました。
偶然ですけれど、昨日ブログを見ると、アクセス数が、一日だけ突出していました。
ネット世界はときどき理解に苦しむ反応を生みます。
そういえば、以前も一度だけそういうことがありました。大阪一有名な弁護士政治家をあからさまに非難した記事を書いたときでした。今回は、ブログを放置した状態でした.。ですから、とても不思議に思えました。
さて、つい先ほど、高村薫の『マークスの山』(早川書房)を読み終えました。私は、小説の展開よりも、そこに描かれている世界に(嫌気がさしながらも)強い関心をもちました。
・・・フィクションなのはわかっていても。
ラストは不満が残りました。無理矢理ストーリーを終結させたように思えたからです。しかし、それも仕方がないことかも知れません。
「深窓」の人々は現実社会のなかでは、テフロン状態にあります。小説といえども、彼らを誅する解決はありえない。残念ながらリアリティを欠くのだと。・・・現実を変えないかぎり。
・・・いずれにしても、ブログからは、平穏に遠ざかっていました。
偶然ですけれど、昨日ブログを見ると、アクセス数が、一日だけ突出していました。
ネット世界はときどき理解に苦しむ反応を生みます。
そういえば、以前も一度だけそういうことがありました。大阪一有名な弁護士政治家をあからさまに非難した記事を書いたときでした。今回は、ブログを放置した状態でした.。ですから、とても不思議に思えました。
さて、つい先ほど、高村薫の『マークスの山』(早川書房)を読み終えました。私は、小説の展開よりも、そこに描かれている世界に(嫌気がさしながらも)強い関心をもちました。
・・・フィクションなのはわかっていても。
ラストは不満が残りました。無理矢理ストーリーを終結させたように思えたからです。しかし、それも仕方がないことかも知れません。
「深窓」の人々は現実社会のなかでは、テフロン状態にあります。小説といえども、彼らを誅する解決はありえない。残念ながらリアリティを欠くのだと。・・・現実を変えないかぎり。
ラルミちゃん ― 2011/10/17
いただいたザクロですが ― 2011/10/14
「忠魂之碑」@旧朽木村 ― 2011/10/12
仕事に熱中しているときは、ブログの更新がつらくなります。カメラを積んでいても、取り出す意欲がなえているのです。・・・ですが、突然、目覚めるときがあります。今津で会議をし、安曇川経由で朽木のMさんを訪問する日。途中で、墓地を見た瞬間に、スイッチが入りました。そして、なんとなく勘が働いてきて、神社の境内を通過するときに、急ブレーキ。
通過する短い時間でよく見つけたものだと自分でも感心しましたけれど、「英霊芳名誌」と「忠魂之碑」でした。
形は、剣熊村や葛川村に似ていますが、建立は昭和29年でした。1954年・・・米軍が進駐した時期には隠されたり、壊されたりした忠魂碑が再建される時期にあたっています。
通過する短い時間でよく見つけたものだと自分でも感心しましたけれど、「英霊芳名誌」と「忠魂之碑」でした。
形は、剣熊村や葛川村に似ていますが、建立は昭和29年でした。1954年・・・米軍が進駐した時期には隠されたり、壊されたりした忠魂碑が再建される時期にあたっています。
ワンコを連れて宵宮へ ― 2011/10/09
iphone3G→?? ― 2011/09/29
私のiphoneは、「4」でもなければ、「3GS」でもない。
初期型の「3G」で、しかも8G。
3年近くになるので、買い換えを考えている。
いまや、Androidなどスマートホンが多様化。
さらに、Kddiも、iphone5を発売するとか。
iphoneが使いたくて、ソフトバンクに踏みとどまり、
カミさんの帰省先や特定の仕事場で
圏外になる不便さを我慢してきた。
もし、Kddiからも発売となると心が動く。
その一方で、ipadを購入したので、
iphoneの魅力が薄れているのも確かである。
29日にソフトバンクがなにがしかの
コメントをすると思われていたが、結局なし。
先行きが見えない。
初期型の「3G」で、しかも8G。
3年近くになるので、買い換えを考えている。
いまや、Androidなどスマートホンが多様化。
さらに、Kddiも、iphone5を発売するとか。
iphoneが使いたくて、ソフトバンクに踏みとどまり、
カミさんの帰省先や特定の仕事場で
圏外になる不便さを我慢してきた。
もし、Kddiからも発売となると心が動く。
その一方で、ipadを購入したので、
iphoneの魅力が薄れているのも確かである。
29日にソフトバンクがなにがしかの
コメントをすると思われていたが、結局なし。
先行きが見えない。
9月の公園にて ― 2011/09/28
日清戦争「合葬之墓」の背面 ― 2011/09/27
読めない字について ― 2011/09/27

西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。
戦争にかかわる碑
■ 忠魂碑・慰霊碑
○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など
○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)
○ 大津市南部の忠魂碑
民間墓地の戦没者○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。
□ 滋賀県の西南戦争の戦没者
□ 高島市(高島郡)の戦没者
■ 西南戦争(西南之役) 1877年
● 戦病死者名簿
*高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)
■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年
,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)
『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。
■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年
● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)
○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿
○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
□ Aブロック 埋葬者名簿
陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある
□ Bブロック 埋葬者名簿
日清戦争期に戦病死した下士官の墓地
□ Cブロック 埋葬者名簿
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Dブロック 埋葬者名簿(作成中)
明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地
□ Eブロック 埋葬者名簿
■ 大津市作成の名簿順
■ あいうえお順
日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。
□ Fブロック 埋葬者名簿
明治8年から11年までに病死した下士官と
兵卒の墓碑が37基
□ Kブロック 埋葬者名簿
「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
すべて兵卒の墓碑。
□ Lブロック 埋葬者名簿
「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
合計98基。すべて兵卒の墓碑。
□ Mブロック 埋葬者名簿(作成中)
陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)
□ 西南戦争の戦死者
□ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿
□『大津市志』
□ 滋賀郡膳所町
□ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)












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