お元気ですか?

大好きな人たちと人生を楽しんでいますか。


なにをテーマに書こうかと迷いながら

2003年に『この記なんの記』ブログをはじめました。

2007年夏に、戦争の墓碑に心が惹かれ、、

気がつけば、「お墓ブログ」のようになりました。


戦争や軍隊が好きで載せているわけではありません。

通信兵だった父や防空監視隊にいた母から

聞かされた話は、

戦争は二度とあってはならない、起こしてはならない

という思いを強くさせるものでした。

ともすれば戦争の素顔が隠されたまま、

国家の理屈で議論が進みます。

同時に、国民の側にも、熱狂を生み出します。

しかし、戦争は、最悪の暴力です。

私は草の根の痛み、

どうしようもなく死に追いやられた人々の立場で

書いていきたいと思っています。


あまり楽しめないブログかも知れませんが、

お気軽に感想やコメントをお寄せください。


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モクレン2009/04/13

ピンクのモクレン
車でほうぼうを走りながら、モクレンが咲き、
そして、枯れていく姿を残念な思いで見てきました。

今年は、撮れるチャンスがないなぁとあきらめ気分。
今朝、宿直明けに、食事に出かけてきました。
あるマンションで、モクレンの木を見つけました。

駆け寄る勢いはありませんでしたが、
(右の膝が痛いので)
ニコニコしながら、カメラを向けました。



・・・ところで、これってモクレンですよねぇ・・・。

自殺者、交通戦争そして日清戦争2009/04/13

ある政治家の文章を読んでいました。

冒頭の重要な結論として、『いままさに政治が試されているし、政党の責任が鋭く問われていると思います』と述べています。
 その指標として、二つ挙げられています。
一つが世論調査結果でした。
 おおまかにいうと、いまの政治が国民の意思を反映しているかという問いに、回答者の87%が否定的。 政治が社会の展望を示しているかという問いには、91%が否定的でした。

 その次が自殺者でした。
『日本の深刻な状況の指標をもう一つあげると、08年の自殺者が三万人を超え、これで一一年連続三万人を超えました』
文中にもありましたが、自殺者は数の問題ではありません。
『名前がそれぞれにあり、親も親戚もいる、あるいは妻や夫、 子どももいたと思います。政治の貧困と密接にかかわっている 問題とみるべきです。』

たしかに、3万人の自殺された方の周辺に、そのことで苦しむさらに多くの人たちが残されているのです。
そういう人(最近ではTさん)に関わってきた経験からしても、生活の激変と心の傷が癒されることは容易ではありません。
Tさんは、母親を自殺で失ったあと、その責任が自分にあるのではないかと責め続けていたのです。

自殺者とその周辺の一人一人の苦しみに心を寄せるとともに、その量的な側面にも着目すべきです。そこに社会のかかえる問題の深刻さとともに、その広がりが現れているからです。
一口に3万人といいますが、マクロ的に異常さを知るには、戦争と比較するしかないほどの数なのです。

あらためて知ったのは、「交通戦争」という言葉の由来。
1960年代に交通事故死が激増。年間、1万人を超えました。
それは、日清戦争の死者数に匹敵もので、交通事故という形であっても、「戦争」という言葉が使われたわけです。

少し、脇道にそれます。

日清戦争は、1894年に始まりますが、1895年の下関条約以降も台湾征服戦争として継続します。
1896年までの2年間で、病死者を含めて、1万人を超えます。『明治廿七八年日清戦史』では、死者は、13,488人。その大部分は、病死者で10,236人
しかも、上の数字は、最前線で活動した軍夫の死者を含んでいません。それは、約8,000人。合わせると、2年間で2万人規模になります。
確かに、年間1万をこえる交通事故死の異常さを表すのに、「戦争」という言葉が実感を込めて選ばれたのでしょう。

1960年は、下関条約から、65年後のこと。
これは、第二次世界大戦から現在までの時間の長さに匹敵しますが、まだ記憶が生々しさをもったということがいえるのでしょう。
現在の自殺者に日清戦争を重ねても、実感できる人はいないのですが、しかし、いまや自殺は「交通戦争」以上です。
その3倍の規模に達しているという事態を真剣に受け止めなければならないとあらためて思った次第です。

これは、ワラビか、ゼンマイか??2009/04/13

これは、ワラビか、ゼンマイか??
若い緑色のなかで、毛深い茶色は目立ちます。
これって、ワラビなのか、それともゼンマイなのか。
自分でも笑いたくなるほど、無知ですね。



Obama's Statement on North Korea Rocket Launching (NewYork Times)2009/04/13

 北朝鮮が発射したものが何であるのかについて、国際的な見解の一致がありません。ミサイルなのか、衛星なのかは、積載物によるのであって、事の性質上、確認することが困難だからです。
 国際社会が不安と疑惑をもっているなかでの発射ですから、挑発的な行動であることはまちがいありません。
 それでも、確認できないことを断定することには、大きな疑問があります。
 たとえば、中国は、衛星という立場のようです。
 人民日報の日本語版には、つぎのような記事があります。

朝鮮が5日に発射した「光明星2号」(クァンミョンソン2号)は国際社会の注目を集めている。
 韓国の李相憙(イ・サンヒ)国防相は、国会で「どんな物体も軌道に進入しなかった」と述べた。柳明桓(ユミョンファン)韓国外交通商相は「朝鮮の発射物は人工衛星の可能性もある」と述べた。
 ロシア外務省の報道官は「ロシア側は朝鮮が発射したのは近地軌道人工衛星という事実を確認した」と述べた。
 EUとアメリカが5日プラハで発表した共同声明で、「朝鮮が国連の関連決議に背き、東北アジアの平和と安定を損なった」と指摘した。
 一方、ロシアの外相は当日、アメリカのクリントン国務長官と日本の中曽根弘文外相とそれぞれ電話会談を行い、この問題について意見を交わした。各国は東北アジア地域の安定と六カ国協議を維持するため、関係国が共同行動する必要があるとの考えを示した。(中国国際放送局 日本語部」2009年4月6日)

 事実を報道する形式で、冷静さが感じられます。
 その一方で、オバマ政権は、当初から、ミサイル発射という見解です。
 ニューヨークタイムスに掲載されたオバマ大統領の声明は以下のようです。ちなみに、これを報道する新聞記事のタイトルは上記のようにロケット発射ですね。
North Korea's development and proliferation of ballistic missile technology pose a threat to the northeast Asian region and to international peace and security. The launch today of a Taepo-dong 2 missile was a clear violation of United Nations Security Council Resolution 1718, which expressly prohibits North Korea from conducting ballistic missile-related activities of any kind. With this provocative act, North Korea has ignored its international obligations, rejected unequivocal calls for restraint, and further isolated itself from the community of nations.
We will immediately consult with our allies in the region, including Japan and the Republic of Korea, and members of the U.N. Security Council to bring this matter before the Council. I urge North Korea to abide fully by the resolutions of the U.N. Security Council and to refrain from further provocative actions.
Preventing the proliferation of weapons of mass destruction and their means of delivery is a high priority for my administration. The United States is fully committed to maintaining security and stability in northeast Asia and we will continue working for the verifiable denuclearization of the Korean Peninsula through the Six-Party Talks. The Six-Party Talks provide the forum for achieving denuclearization, reducing tensions, and for resolving other issues of concern between North Korea, its four neighbors, and the United States. North Korea has a pathway to acceptance in the international community, but it will not find that acceptance unless it abandons its pursuit of weapons of mass destruction and abides by its international obligations and commitments.

                            


BIN★「この記なんの記」ブログ情報 August 12 , 2011



 西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、1867年から1945年の戦争にかかわる記念碑、戦死者・戦病死者の墓碑など。

戦争にかかわる碑

  ■ 忠魂碑・慰霊碑

    ○ 高島郡2町15村別の忠魂碑など

    ○ 大津市北部の忠魂碑(9柱)

    ○ 大津市南部の忠魂碑

民間墓地の戦没者

 □ 滋賀県の西南戦争の戦没者

 □ 高島市(高島郡)の戦没者

  ■ 西南戦争(西南之役) 1877年

   ● 戦病死者名簿

      *高島郡の戦病死者は15名(『高島郡誌』)

  ■ 日清戦争(明治廿七八年戦役) 1894~95年

   ,● 日清戦争戦没者名簿と墓碑の所在(旧高島郡)

      『高島郡誌』によれば、旧高島郡で日清戦争期の戦病死者は17名でした。

  ■ 日露戦争(明治三七八年戦役) 1904~05年

   ● 日露戦争戦病死者名簿 (旧高島郡2町15村版)

      ○ 旧高島郡高島町の日露戦争戦没者名簿

    ○旧高島郡安曇川町の日露戦争戦病死者名簿
○このブログに散在するのは、旧大津陸軍墓地の調査記録です。

 公的なものではなく、BIN★がいわばサイドワークとして行っていることです。変更や修正はこまめに行っています。なにかの目的で活用されるときは、ご連絡ください。
 □ ブロック 埋葬者名簿

     陸軍歩兵少尉から陸軍歩兵少将まで20基の墓碑がある

 □ ブロック 埋葬者名簿

     日清戦争期に戦病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     明治11年以降に大津営所で病死した下士官の墓地

 □ ブロック 埋葬者名簿

  ■ 大津市作成の名簿順

  ■ あいうえお順

     日清戦争期に戦病死した兵卒の墓地。士官候補生の墓碑1基。

 □ ブロック 埋葬者名簿

     明治8年から11年までに病死した下士官と
          兵卒の墓碑が37基


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段西側」の134柱と「下段東側」の5基で合計139基。
         すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿

     「下段東側」の墓地97基と「下段西側」1基の
          合計98基。すべて兵卒の墓碑。


 □ ブロック 埋葬者名簿(作成中)

     陸軍墓地に隣接した将校関係者の墓地
大津市の戦死者・戦病死者(明治44年『大津市志』による)

 □ 西南戦争の戦死者

 □ 日清・日露戦争
『大津市志』および「戦時事績」掲載の日露戦争戦病死者名簿

 □『大津市志』

 □ 滋賀郡膳所町

 □ 旧志賀町の日露戦争戦病死者名簿(戦時事績)